WHAT’s IN
FEATURE11 11/16 UPDATE
肩すかしを食らった、と力が抜ける人もいるかもしれない。普通のポップスだな、と感じる人もいるだろう。だが、そういう方々にはまずこう言いたい。「普通のポップスでいいじゃない!」と。さらに、「音の細部にまで耳を澄ませてみてほしい」とも言っておこう。「これは本当に”普通”のポップスですか?」と。
アルバム『空洞です。』を最後に、やれるべきことはやり切ったとゆらゆら帝国の活動に終止符を打ってから約1年半、リーダーだった坂本慎太郎がついにソロとして活動再開することとなった。すでに今年7月に自身のレーベル=zeloneを立ち上げ「幽霊の気分で」を配信で(この秋には7インチ・シングルでも)発表。かなり歌に重点を置いた方向性を、すでにその「幽霊の気分で」で提示していたので何となく想像できた人もいただろうが、みごとに”ポップス”としての体に振り切った1枚となった。メロディがありコード進行がある。歌があって演奏がある。その構図だけ取り出せば、極めてオーソドックスなポップスのフォルム。坂本自身のボーカルは例によって素っ気ないしどことなく不気味さも漂っているが、不思議な人なつこさと愛らしさもある。ゆらゆら帝国時代にも「バンドをやってる友だち」「待ち人」のようなキャッチーな曲をさりげなく聴かせていた坂本にしてみれば、こうした路線は決して目新しい挑戦ではないと言っていい。
だが、それはあくまでフォルムの話だ。この1stアルバム『幻とのつきあい方』は、少なくとも作風としての、ジャンルとしてのポップスを創造の起点に作られたアルバムなんかではない。最初に音の鳴りと質感を決定し、そこからメロディと歌を与えていったような、言わば通常の作り方とは逆のプロセスで曲が作られている。ドラムとコンガやヴァイブなどのパーカッション、コーラス以外を坂本自身がこなし、さらにそのドラムとベースにはミュートをかけていることもあってか、バンド感、ライブ感はほとんどない。つまり、決して広くはない密室でひとりで鳴らされているようなミニマムなプロダクションになっているのが大きな特徴で、それゆえに覚えやすいメロディでもどこかに空間的な”距離”がある。一聴したところ人なつこいけど、実際にはなつけないような厳しさがあるため、中途半端に共感を煽るような今のJポップ的な馴れ合いは一切ない。
恐らく、ミニマムで個人的であるがゆえのこの”距離”や”厳しさ”が、坂本が考える”幻とのつきあい方”なのではないかと思う。幻とは現実のこと。これまでにも坂本は”マンガの世界”"ヘンテコな世界”(共に「ゆらゆら帝国で考え中」から)などと喩え、実態のない奇妙で厄介な現実とのつきあい方をリリックで表現してきた。結果、”空洞です”という決定的な一言を残していったんはシーンから距離を置いたわけだが、現実社会を否定しながら肯定もしていくという”適度な折り合い”の虚しさを彼は再度ここに静かに突きつける。一見限りなくわかりやすい、でも内側には個人の情念がトグロを巻いているという構造の普通のポップスとして。
そしてこれは、マッチョでもないフェミニンでもない、限りなくジェンダーレスな音楽でもある。それは、男性性と女性性の何たるかに疑問をなげかける行為。そこにも坂本は創作意欲を重ね合わせているのかもしれない。ひとつとして申し分のない大傑作だ。
TEXT BY 岡村詩野