佐伯 明(さえきあきら)
1960年11月10日・東京都国立市生まれ。さそり座B型。中央大学文学部フランス文学科卒。
17歳のときに音楽雑誌「rockin’ on」に投稿したものが記事となり、音楽文の執筆をスタートさせる(ちなみに最初に記事になったときの題材はジェフ・ベック。最初にインタビューをしたミュージシャンは忌野清志郎&仲井戸麗市。主にライナーノーツを書いたミュージシャンはブルース・スプリングスティーン)。
25歳のときに音楽業界に嫌気がさし、ガソリンスタンドでアルバイトを始めるが半年後に復帰。以後、自称“音楽文化ライター”として、音楽文(評論)を書いたり、番組の構成出演などをしている。ちなみに、“音楽文化ライター”を名乗るのは、音楽を文化のひとつとしてとらえ、その目線から文章を綴っていく思いから。学生時代に文化記号論を学んだことも影響している。
趣味は犬の飼育&テニス。しかし、現在飼っている犬は、なし。テニスは週2回のペースで地元のテニス・スクールへ通い、現在、上級からプレーヤーズへのクラスアップを目指している。そして、テニス・プラクティス体験から“ロック・アスリート”なる新しいジャンルを提唱中。
尊敬する人はフェルディナンド・ソシュール(言語哲学者)&シャーロック・ホームズ(書物上の名探偵)&安倍晴明(陰陽師)。
■これまでに携わったソニー・マガジンズの本
「路傍の岩」、B'z「ウルトラクロニクル」、高橋直純ツアー・ドキュメントブック「smile moon」、GLAYツアーフォトブック「LOVE IS BEAUTIFUL」(以上、著)、渡辺美里「SHE LOVES YOU YEAH YEAH」、藤木直人アーティストブック「NF」、山崎まさよしツアーブック「Transit Station」(以上、構成&インタビュー)
(2007年6月現在)
筋力トレーニングをしたあとに、48時間ほど置いて
再びトレーニングをすると、以前よりも高い筋力を
身に付けることができる。この、48〜72時間で
筋肉の繊維が復活することを“超回復”と呼ぶ。
つまり、毎日筋トレをすると筋繊維が傷ついたままなので、
筋肉は消耗してしまうのだ。
あるいは、ケガをしやすい筋肉となる。
だが、やる時は“固めて”毎日のようにやり、やらなくなると
何週間もやらないというパタンがついてしまいがちだ。
よく、気に入ったお店ができると毎日のように通うが、
一度足が遠のくと、何ヶ月も行かなくなる…に似ている。
それを「筋トレ〜お気に入りの店の法則」と言う
(←言いません!)。

↑アンクル・リスト・ウェイト(1kg)のphoto。付けただけで
かなり重いので、これを付けたままテニスをする気に
なりません(笑)。
先日、深夜のジョギングの途中でヘバってしまい
(←ダメじゃん!)、歩きながら夜空を見上げたら、
地球照(earth shine)の三日月が出ていた。
地球照とは、地球が太陽光を反射する照り返しが、
月のダークサイド=夜の部分を照らし出している状態を指す。
“月から見た地球”は計算上、“地球から見た月”より
およそ70倍以上明るいと言われる。
満月があれだけ明るいのだから、
その70倍の明るさで月に照り返したら、
月のダークサイドも見えてくるというものだ。
ちなみに、地球照の月をじっと見ながら歩いていたら、
電柱にぶつかりそうになりました(笑)。

↑地球照の月のphoto。
神社仏閣に関する書物で、最近興味をそそられたものは
「神社霊場 ルーツを探る」(光文社新書)という本だ。
著者の武澤秀一さんは建築家(建築博士)であり、
神社霊場にある波動を、単に“感じられる”だとか
“霊験に即して”という感覚軸からではなく、
建築様式、あるいは見取り図と実際の現場の相違点
などから、感覚に触れた波動を読もうとする。
その試みに好感が持てた。
極論すれば「感覚も科学である」と、
僕自身は思っているからだ。
取り上げられている神社霊場のうち、
7割近くを僕も訪れているゆえ、
自分の知覚や視点と照らし合わせながら読むことができた。
中でも、伊勢神宮について記した“真空の存在理由”の章は、
著者の感動が共有を生む言語にまで高められていて、
幾度か読み返した。
神社霊場に御興味のある方は、ぜひ!

↑「神社霊場 ルーツを探る」の表紙。
江戸幕末期、ペリー率いる黒船がやってきて開国を迫り、
幕府は1854年に開国。その際に結んだ江戸条約に
“8灯台を造る”というものがあった。
日本の近海は難所が多く、それまで幕府が置いていた
“灯明台”では心もとなかったのだと思われる。
しかるに巨大なレンズを使用して圧倒的な光量を放つ
“洋式灯台”が導入された。
フランスから設計士のレオンス・ウェルニー氏がやってきて
最初に完成した洋式灯台が、
観音崎灯台@神奈川県横須賀市である。初点灯したのは
1869年の2月、今からちょうど141年前のこと。
三浦半島の東の端に位置する観音崎灯台の灯りを、
僕は客船から見たことがあるけれども、
141年前はさぞや明るかったことだろうと思う。そこは、
江戸(東京湾)の懐に入る入り口、ある意味で、日本の
ディテールがつまびらかにされていく起点だったのである。

↑“日本の灯台50選”というものがありまして、photoは
その地図の一部分です。かなりボケていてスミマセン(謝)。
かつて明治時代の後期から昭和20年くらいまでは、
東京23区内を網の目のように走っていた東京都電車
(略称は都電)は、路面電車であり、
現在唯一残されている都電が“荒川線”である。
先日、日暮里・舎人ライナーの「熊野前」駅で下車し、
荒川線で「王子駅前」の停留所まで行った。
都電は路面電車であるから、“駅”というよりも
“停留所”といった方がふさわしい気がする。
舎人ライナーのクールネスとは真逆の、
混雑&話し声&世代の広さが、
人々に浸透している感を伝えてきて、よかった。
荒川線では数年前、ガス灯を模した街路灯を
停留所に設けたことがあるという。
まさに映画『ALWAYS 三丁目の夕日』ではないか!
その時に乗りたかったなー。
「王子駅前」の停留所でおりた僕は、
京浜東北線に乗った。

↑「熊野前」でpicした荒川線の車両。
昨夜は、シンガー=ソングライターの染谷俊さんのライヴを
視察した@代官山UNIT。
2月22日が誕生日の染谷さんにとって、
今年、平成22年の誕生日は2が2つ加わる特別な日。
2夜連続の公演だったため、
少し声がかすれていた彼だったけれど、
かすれた声と流麗なピアノは相反することはなく、
むしろその合致こそが染谷俊がピアノを弾いて歌うサマの
価値だろうと思った。
昨年は清木場俊介さんのツアーにキーボーディストとして
参加した染谷さんだが、
バッキングすることと自分で弾いて歌うことの境界線を
見つけてきたかのような染谷さんは、
まさにシンガー=ソングライターであることを
歌とピアノで聴かせてくれた。

↑染谷俊の最新アルバム『Left Hand』。
基本、ピアノの弾き語りアルバムですが、
もう1枚(同時発売)の『Right Hand』は
リズム隊も加えた音源集です。
先日の出張からの帰り、
ライヴに行くまでに時間があったので、
かねてから着目していた“日暮里・舎人ライナー”に乗った。
土曜日の午後だったのにそれほど混んではおらず、
ゆったりと荒川区を走った。
一人掛けの膝前スペースがかなり広く、
もてなされているようで、なかなかに気分がよかった。

↑舎人ライナーの先頭部。
昨日はORANGE RANGEの
“カーニバル〜春の祭典スペシャル”を観に行った
@さいたまスーパーアリーナ。
「シングル曲を全部やる!」という主旨だったので、最低でも
21曲。それ以外の楽曲をどれくらいプラスするのか?
が注目ポイントだったが、
終わってみれば3時間、34曲も演ってくれた。
個人的にはシングル曲ではない「papa」が、
現在のORANGE RANGEにも通じるダブ的に
アレンジされていて、うならされた。
終演後YOHさんは「疲れたー」と言っていたが、
その顔は満足気だった。

↑06年3月に発表したphoto&interview集
「BLOOD ORANGE」(ソニー・マガジンズ刊)。
僕はライターの大庭利恵さんと共にインタヴュー部分を
担当しました。
和紙、あるいは僕らが使っている紙幣の原料になっている
植物が、ミツマタである。日本の紙幣が
世界でもトップクラスの耐久力と美しさを誇っているのは、
ミツマタの繊維質の強さによるものだ。
今日、東京と埼玉の境近くでミツマタの花を見た。
“春を告げる花”と言われるミツマタは、
可愛らしい花をつけていた。

↑そのミツマタの花。
今日は先頭部がカモノハシの顔に似ている
N700系新幹線に乗って出張。
取り立てて難点を見つけるのがむずかしい
よくできた車両だと思う。
反面、特長を見つけるのもむずかしい。
探してみようと思う。

↑東京駅に入ってきたカモノハシくん。
クリスマス・ローズ属にセグメントされる植物の総称が
ヘレボラスであり、
花の少ないこの時季、しかも雪が降った日に見られると、
それは幸運に直結するような気がしてしまう
(東京は、昨夜から雪でした)。
ヘレボラスの花が下向きなのは、
雪を守っているからだと言われ、
花色が白からピンクに変わって行くのは、
冬から春に誘導しているかのよう…とも言われる。
季節は導かれているのだろうか?

↑本日見た、ヘレボラスの花。
日本相撲協会が主催となった相撲興行において、
力士の順位を示したものが番付表である。
昨日入った和食屋にその最新版が飾ってあり、
相撲字(あるいは相撲体)と呼ばれる字体=フォントが
素敵だったゆえ、しげしげと見たり、
photoを撮ろうとしていたら、お店の人が親切にも
「もう1枚ありますから、差し上げましょう」と言って下さり、
きちんと封筒に入った番付表をいただいた。
一緒にいた編集者のNさんが、
心の底からほしそうな顔をしていたので(笑)、彼に進呈した。

↑その番付表。当然のことながら、
朝青龍の名が記載されている最後のものです。
今日はNHKの放送センターに打ち合わせに行った。
ディレクターが美術に詳しい方で、
音楽の話を絵画に置き換えて話をした。
ミレーとゴッホとピカソが話題に出て、とてもおもしろかった。

↑ミレーの作品「肥料をまく農夫」。
ジェット戦闘機を思わせるような先頭部を持つ
新幹線500系が今月いっぱいで「のぞみ」を卒業し、
山陽新幹線の「こだま」に配属される。
新幹線で、初めて時速300キロ越えを達成したのは
500系であったし、先頭部はカワセミの長いくちばし、
パンタグラフはフクロウの風切り羽からヒントを得て
作られたところも好きだった。
要するに、コストのかかった車両だったのだ。
着座した際の頭上が狭く、閉塞感がある…
という指摘もあったけれど、“未来のコンパートメント”的で、
僕個人として不満はなかった。
機会があったら「こだま」になった500系にも乗ってみたい。

↑3年ほど前の500系の勇姿。
4月から5月にかけて開花するモクレン。
個人的には白いモクレンの花が好きだが、
今日、モクレンのつぼみを見かけた。
ここのところ、気温差の激しい毎日で、その日々の中で
着実に育っているものを目の当たりにできて、嬉しかった。

↑そのモクレンのつぼみ。
凡例とは通常、書籍のはじめに
その編集方針や使い方を記したものだけれども、
これが“地図の凡例”となると、
使用する記号などを説明した表のことだ。
僕は地図を見る、というか読むのが、かなり好きだ。
高等地図帳はもとより、日本各地の道路地図は
書棚の一角を占めており、
すぐ取り出せるようになっている
地図を読んでいると、時間を忘れる。
![]()
↑ちなみに、この記号は何でしょうか?
答えは、「湿地」です。
多摩センター駅を南の起点にして北上し、上北台駅まで
16キロを結ぶ多摩都市モノレールに今日乗ることができた。
近年の東京は、南北を繋ぐ公共の乗り物が
充実してきているが、やはり放射状に延びる交通の方が、
利用客は格段に多いと思う。
夕方の多摩モノレールは、
立っている人こそいなかったものの、
座席はほぼ埋まっていた。
今日は玉川上水駅から立川北駅までのわずか10分ほどの
利用だったけれども、
さらに南下していくと、母校の最寄り駅がある。
駅名は「中央大学・明星大学」。
“・=ナカグロ”を含んだ素敵な駅名なのだ(笑)。

↑けっこうメカメカしい多摩モノレール。
昨日ジャケ写を貼った『ABINGDON ROAD』、
初回限定盤はDVD付きで、まだ観ていなかったのだが、
内容は09年9月に滋賀県草津市でおこなわれた
“INAZUMA ROCK FES.2009”の
abingdon boys schoolのライヴだった。
今日、ようやく観ることができた。
“トラック5”は「MC」となっている。言うまでもなく、
西川貴教さんがステージから発した言葉
なのであるけれども、これは「名MC」に匹敵すると思う。
心に残るMCがめっきり少なくなってしまった昨今、
こうして独立させる価値は充分にある。
トラック5「MC」からトラック6「キミノウタ」にかけては、
胸がグッと押し上げられるようだった。
最後には琵琶湖に上がる花火も収められているし、
特典映像としては群を抜いており、
DVDだけでもひとつの作品である。

↑『ABINGDON ROAD』の裏ジャケットの一部。
昨日は、ツアーをスタートさせたabingdon boys schoolの
ライヴを観に行った@お台場・Zepp Tokyo。
まだツアーが続くため、詳しいことは控えるが、
サウンドもセットリストもすべて“塊(かたまり)”
といった感じで、ものすごい放熱感だった。
しかし、よく聴くとメンバー4人とサポート2人の音がどのように
融合するのか? その瞬間がわかってくるところもあり、
実に興味深いライヴだった。
特に僕はギターリストが好きなので、
SUNAOさんと柴崎浩さんのギターがどのように絡まるかに、
現在のabingdon boys schoolの状態を聴き取ることが
できる。今は“アブラがのっている”と感じられる。

↑最新2ndアルバム『ABINGDON ROAD』。
インナーのphotoもキュートです。
寒さの底を打ったと伝えられたら、
すぐさま東京では気温が上昇した。
仕事の移動中などに、梅のいい香りが運ばれてくる。
梅といえば菅原道真公=天神様であるが、
福岡県の太宰府天満宮には、
およそ6000本の梅が境内に植えられているという。
“飛梅伝説”の残る太宰府天満宮に、
この時季に行ってみたいなと思う。

↑見かけた紅梅。
「Gang Way!」というと「道をあけろ!」、]
普通に使えば映画館などの“通路”のことだと思っていたが、
船の場合は、乗船や下船の際に桟橋に渡される
タラップのことだと知ったのは、NYCで船に乗った時だった。
飛行機のタラップなどと較べて、船が出港する時は、
桟橋を離れるのに時間がかかるゆえ、ドラマ度が高いと思う。
紙テープとかを投げたいなー(←古ッ!)。

↑今までに乗った船でいちばん大きかった客船「飛鳥II」。
海上を行くアミューズメント・ビルのようでした。
かつて神社には“社格”と呼ばれる格付けが存在したが、
太平洋戦争後、社格制度はなくなり、
全国の神社は一律対等となった。
しかしながら神職人事等に複雑なシステムを持つ神社は、
別枠という意味合いから選別された。
それがいわゆる「別表神社」である。
全国で350以上はあるといわれているから、
読者諸氏の街の近くにも、別表神社はきっとあると思う。
ちなみに僕の生まれた街の近くには、
大國魂(おおくにたま)神社なる別表神社があります。
小さい頃からお祭り等でよく行っていたので、
何だか嬉しいです。

↑石川県金沢市にある別表神社のひとつ“尾山神社”の
楼門というか神門。オランダ人のホルトマン氏の設計による
洋式の珍しいものゆえ、何回か訪れました。
祀られているのは、前田利家公です。
テニス・スクールの初級から中級にかけて指導を受けた
Nコーチが、今月の28日におこなわれる
“東京マラソン”でフルを走るという。
都庁を出発して東京ビッグサイトまでの42.195キロ。特に
後半のアップ&ダウンがきついと、話に聞いたことがある。
今ごろNコーチは、毎日走っているのだろうか?
ケガや故障に気を付けて、自己ベストを狙ってほしい。
教え子の僕としては、築地あたりで応援しようかな?(笑)

↑東京マラソンの公式スポンサーになっているasics社
からのRunning Shoes“ロードジョグ4”。
12月だったか「米侍」という自動販売機について
当ブログで書いたけれども、
本日「愛の米」なる缶入りコシヒカリに遭遇した。
1合=150グラム入りの缶で、
販売者は“越後農園EN”というところだ。
どこに愛が込められているのか?(笑)、食してみたいと思う。

↑「愛の米」パッケージ。税込み\399でした。
歌にもあるように、‘60年代頃までは正月には独楽を回して
遊んだものだが、めっきりやらなくなってしまった。
独楽は回すのも見るのも楽しい。
独楽の回転軸が地面に対して垂直でない時
“すりこぎ運動”というものが起こる。
すりこぎを使って何かを擦る場合、すりこぎの両端は
空間に(あるいはすり鉢とすりこぎの接触面に)
円を描いていることがわかるだろう。これを、
すりこぎ運動であるとか“歳差(さいさ)運動”という。
地球も、すりこぎ運動をしている。周期はおよそ25000年。
したがって、天の北極は移動し、北極星もその時期で
変わっていく。あと12000年ほどすれば、
北極星はヴェガ(こと座)になるとされている。
そう言えば“地球独楽”というものもあったと、
書いていて思い出した。

↑子供の頃やったベーゴマ(バイゴマ)。負けると相手に
取られるのが悔しかったです。今は回せるかなぁ?
先日、北海道に行った時−9℃であったため、
東京に戻ってきたら「暖かいな」と感じたのだが、
1週間も経つと耐寒性はなくなっていた。
感覚というものは、ある意味で
「熱しやすく冷めやすいものなのだ」と思う。
東京にも、もっと雪が降ってくれたらいいのに……。
しかし、東京は雪に弱いからなー。

↑朝起きたら、これくらい雪が積もっていたら…
東京ではたいへんなことになります。
正月の3日からスタートした大河ドラマ『龍馬伝』で
福山雅治さんは、プレーンで熱い坂本龍馬役を演じているが、
土佐弁と格闘しているところも見受けられる。
例えばひとつ前の『天地人』において、
妻夫木聡さん演じるところの直江兼続が
越後弁を話すところなどはほとんどなかったのに対し、
坂本龍馬は土佐弁を話さなければならない。
なぜなら「龍馬と土佐弁は不可分」だからであろう。
桂小五郎はすでに『龍馬伝』に登場したが、
目立った長州弁は話していなかった。つまりは
“土佐弁を話す龍馬の中に彼の本質がある”ということが、
多くの人の中に浸透しているからでもある。
福山さんが、どう土佐弁と格闘しつつ
龍馬像を作っていくのか?見守るつもりである。

↑昨年、福山さんの全オリジナル・アルバムを
REVIEWさせてもらった『別冊カドカワ』の表紙。
福山さん、撮影が終わったら
“北辰一刀流”を教えてつかぁさい(笑)。
オーディオにおける“原音再生”というテーマに対して、
僕は長いこと懐疑的であったが、デジタルによる
“サンプリング”が横行するようになった80年代の後半から、
それが幻想であることがわかっていても、
洗練された“いい音”は確かにあると思うようになった。
言い換えると、洗練されていなければ、それは、
いい音ではないのである。
洗練音を作っていたのがニューヨーク出身の
(実質的に)2人組:スティーリィ・ダンだった。
ドミナントなど変わったコードを使ったり、
コーラス・ワークが多様であったりもしたが、
特筆すべきは音の鳴りと組み立て方であり、
それが精練され洗練へと辿り着いていた。
(2003年にグラミー賞の“殿堂入り”を果たしている)。
音の鳴りと組み立て方に唯一絶対的なものはないにしても、
僕自身が判断基準を失いかけた時は、
スティーリー・ダン(あるいはドナルド・フェイゲン氏)の
作品を聴くようにしている。

↑ドナルド・フェイゲンのEP「TOMORROWS GIRLS」のジャケット。
