佐伯 明(さえきあきら)
1960年11月10日・東京都国立市生まれ。さそり座B型。中央大学文学部フランス文学科卒。
17歳のときに音楽雑誌「rockin’ on」に投稿したものが記事となり、音楽文の執筆をスタートさせる(ちなみに最初に記事になったときの題材はジェフ・ベック。最初にインタビューをしたミュージシャンは忌野清志郎&仲井戸麗市。主にライナーノーツを書いたミュージシャンはブルース・スプリングスティーン)。
25歳のときに音楽業界に嫌気がさし、ガソリンスタンドでアルバイトを始めるが半年後に復帰。以後、自称“音楽文化ライター”として、音楽文(評論)を書いたり、番組の構成出演などをしている。ちなみに、“音楽文化ライター”を名乗るのは、音楽を文化のひとつとしてとらえ、その目線から文章を綴っていく思いから。学生時代に文化記号論を学んだことも影響している。
趣味は犬の飼育&テニス。しかし、現在飼っている犬は、なし。テニスは週2回のペースで地元のテニス・スクールへ通い、現在、上級からプレーヤーズへのクラスアップを目指している。そして、テニス・プラクティス体験から“ロック・アスリート”なる新しいジャンルを提唱中。
尊敬する人はフェルディナンド・ソシュール(言語哲学者)&シャーロック・ホームズ(書物上の名探偵)&安倍晴明(陰陽師)。
■これまでに携わったソニー・マガジンズの本
「路傍の岩」、B'z「ウルトラクロニクル」、高橋直純ツアー・ドキュメントブック「smile moon」、GLAYツアーフォトブック「LOVE IS BEAUTIFUL」(以上、著)、渡辺美里「SHE LOVES YOU YEAH YEAH」、藤木直人アーティストブック「NF」、山崎まさよしツアーブック「Transit Station」(以上、構成&インタビュー)
(2007年6月現在)
クリスマス・カクタスあるいはデンマーク・カクタスとも呼ばれる"シャコバサボテン"はブラジル原産であり、花の少ないこの時季に、鮮やかな色で僕らの目を楽しませてくれる。
貴重にしてポップなサボテンなのである。

↑シャコバサボテンのphoto。
秋の代表的な花といえば菊であるが、大輪の菊よりも、個人的には小さい菊が密生して咲いているのが好みである。
というわけで、先日見かけた小さい菊の花を……。

↑小さい菊の花。
穂綿(あるいは穂黄)と言えば蒲(ガマ)の穂を思い出す。
大国主命(おおくにぬしのみこと)が指示をして、ケガをした因幡の白うさぎが止血したのは、敷き詰めた蒲の穂の上に寝転がることによってだった。
フトンを蒲団と書くのは、蒲の綿毛を寝具に入れたことから、こう表記するようになったという。
今の時期、穂綿を見ると心が和む。

↑過日見かけた穂綿。
台風15号が通過していったというのに、東京はどうも天気が安定しないが、それでも気温だけは下がった感がある。
見かけたコスモスは、色鮮やかだった。

↑コスモスのphoto。
先日、オシロイバナを見かけた。
子供の頃、よく花を取ってハチのように吸蜜したことを思い出した。
けっこう甘かったことを覚えている。

↑見かけたオシロイバナのphoto。
この時期ハイビスカスのような花を咲かせるが、葉の形が全く違うため、その花はモミジアオイ(紅葉葵)であることがわかる。
背丈が2メートル近くにもなり、見上げる真紅の花は実に夏らしい。

↑見かけた紅葉葵の花。
夏場の花は、ヒマワリを筆頭にダリアやグラジオラスなど、大きな花を咲かせるものが多い。アマリリスも、そんな"大花"のひとつである。
南アメリカ原産のヒガンバナ科。先日見かけたが、やはり大花は暑さを増幅させると思った。

↑アマリリスの球根セット。球根には、毒があります。
若い頃は、ガクアジサイを「まとまりのない花」だと思い、あまり好きではなかったが、年を取り、その"密ではない"咲き方に趣を感じるようになった。
今の時季は、ガクアジサイがたくさん見られて嬉しい。

↑見かけたガクアジサイの花。
先日、津波の被害を受けた仙台市若林区の農地に、塩害に強い"菜の花"を植え、土壌改良をするというニュースを受け取った。
推進するのは、東北大学大学院農学研究科のグループである。
オリーブなども塩害に強いと聞くが、おそらく菜の花の方が栽培が簡易で、効果が大きいのだろう。
菜種油が復興の成果となる日を、首を長くして待ちたい。

↑こんな菜の花畑になるといいですよね。
3月中旬から4月にかけての愚図ついた天気を(6月からの梅雨に対して)菜種梅雨と呼ぶが、今年は、本格的な梅雨に入る時期が早い。
季節の"前倒し"は、どうも急かされているようで困る。

↑菜の花のphoto。
今年はゆっくりサクラを愛でるなどという気分にならなかったものだから、時季が過ぎて、今になってphotoを見たりして、和んでいる。
そうしたことからも、今年は記憶に残る年だと思う。

↑上賀茂神社@京都のサクラphoto。
花は咲いてからはもちろん、咲く前も充分に心躍らされる。
「花の命は短くて」と言われるから、咲いてしまうと逆に"あとの短さ"を知ることとなる。
「もうすぐ咲くかな」と思う時が、案外いちばんいい時なのかもしれない。

↑見かけた"咲く前の"スイセン。
おがたまの木は、招霊の木、あるいは小賀玉の木と書かれ、日本に自生するモクレン科の樹木である。
実は"1円硬貨"にほどこされている"若木"の図案は、おがたまの木ではないか? という説があり、僕は同意しているひとりだ。
なぜなら、かの天照大神が天岩戸に隠れてしまった際、岩戸の前で舞を披露した天鈿女命(アメノウズメノミコト)が手にしていたとされるのが、おがたまの枝葉だと言われているからである。
甘い香りがするおがたまの木。そろそろ咲きはじめる時季だと思われる。

↑1円硬貨の若木の図案。
“東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ”
拾遺和歌集に収められた菅原道真公の、
この詠歌はたいへんに有名である。
そして“飛梅伝説”も加わって、道真公と言えば梅である。
今年も各地の天満宮には、梅が咲いているだろうか?

↑見かけた梅のフォト。
今の時季に咲いている草花は数少ないが、
パンジーはけっこう見かける。
もともとは北欧生まれだから、寒さに強いのかなと思うが、
おそらくは園芸家たちのたゆまぬ努力があったからだろう。

↑見かけたパンジーの花。
ブログにカテゴリーを設けていると、
ついついバランスを考えてしまうから不思議なものだ。
おそらく、カテゴリーを細かく分けていなければ、
バランスなど考えなかったはず。
仕事柄「ライブ」や「取材」は、特に書こうと思わなくとも
機会としてあるものだが、それ以外のものは、
興味の対象として“選んで書く”わけだ。
中でも「ゲーム」は、書いた点数が少ない。
来年はなるべく気に留めて、書いてみようと思う。

↑何気に多いのが「園芸」で、これは気に留めようと
しなくとも、目に入ってくるゆえ、書きやすいのです。
まだ青い頃の稲穂のphotoを。
2010年も残すところ1か月である。
師走はライヴの本数が急増するので、
何を視察するかで
師走ならではのシミュレーションが必要になるが、
今年も悩みそうな気配濃厚である。
が、暑くないから(←当たり前だ!)気分的に楽だ。
防寒とは言うが、防暑とは言わない。
僕にとっては、暑さの方が手厳しいのである。

↑暑かった頃のモミジ。
菊は大輪の一輪菊も見事だが、
野菊やスプレーマムの類いもかわいらしい。
そもそも、この時季は地植えの花が少ないので、
菊が目立つという理由もあるかもしれない。

↑先日見かけた菊の花。少し食用菊にも似ていますが……。
キウイ・フルーツはオーストラリア原産ゆえ、
日本で栽培すると、
オーストラリアとは時期・季節が真逆になって、
収穫は11〜12月くらいだ。
先日、キウイの棚を見かけたので、上の方を見てみたら、
小さな実が二つほどなっていた。

↑そのキウイのツルの部分。
針葉樹のメタセコイアは、
大きなものだと30メートル近くにも成長する。
秋には鮮やかな赤茶色に紅葉するその端正な樹木の形は、
大きければ大きいほど見応えがある。
東京でも街路樹になっている場所があるので、
紅葉するのを楽しみにしている。

↑メタセコイアの並木道。
大きな樹木や支柱に巻き付いて伸長する“つる植物”は、
春から夏の間にものすごい勢いで伸びるが、
さすがに秋分の日を過ぎると、伸長スピードがグッと落ちる。
落葉の準備に入るのだろうか?

↑京都で見た立派な藤棚。
コスモスはピンクも白もチョコレート色も好きな方であるが、
まだ暑さが残る今年のような夏には、
キバナコスモスのオレンジ色が似合うと思う。

↑先日見かけたキバナコスモス。
家紋に桔梗を使った武将は、
太田道灌、明智光秀、加藤清正などがいるが、
太田道灌は暗殺され、明智光秀は謀反を起こしたゆえ、
なかなかに波乱含みな家紋と言える。
桔梗は、“サウンド的”に「吉凶」にも通ずる。
「吉」と「凶」の両端を持ち合わせた花なのかもしれない。

↑今月見かけた桔梗の花。
先日ORANGE RANGEに取材をした際、メンバーから
「沖縄より東京のほうがぜんぜん暑いですよ」
と言われた時には、少なからずメゲた。
「沖縄のほうが暑いのだし、
そこでがんばっている人もいるのだから」
と考えて自分を慰めるのは、もはや幻想にすぎない。
ヒートアイランド現象を恨む9月の始まりである(笑)。

↑8月に都内で見たハスの花。気分は涼しくなりました。
雨の多いこの時季に瑞々しい緑を発色させるコケは、
生物学的に呼べば“苔類(たいるい)”である。
清水で湿った水辺や神社仏閣の境内など、
コケを求めてフィールド・ワークがしたいものだが、
なかなかそうした場所でのライヴはないものだ
(←仕事にするのかよ!)。

↑JR奈良線沿線で撮ったコケのある風景。
雨の多いこの時季に瑞々しい緑を発色させるコケは、
生物学的に呼べば“苔類(たいるい)”である。
清水で湿った水辺や神社仏閣の境内など、
コケを求めてフィールド・ワークがしたいものだが、
なかなかそうした場所でのライヴはないものだ
(←仕事にするのかよ!)。

↑JR奈良線沿線で撮ったコケのある風景。
今の時期に花を咲かせる、アジサイ科の落葉低木である
ウツギは“空木”と記すので、なぜなのだろう?
と思っていたのだが、茎の中が空洞になっていることに
由来しているのだそうだ。
空蝉(うつせみ)というと現世のことだが、
ウツギの花は、現実感を希薄にする花かもしれない。

↑奥湯河原@神奈川県で見かけたウツギの花。
端午の節句(5月5日)に、葉を束ねて湯船に浮かべる
ショウブは、サトイモ科ショウブ属の植物。
そして、今の時季に咲いているハナショウブは、
アヤメ科アヤメ属の植物。
確かに葉の形状は似ているものの、花がまったく違う。
ショウブは薫風に、ハナショウブは長雨に似合うのである。

↑先日、湘南@神奈川県で見かけたハナショウブ。
日照時間と降水量のバランスで作物は育つ。
梅雨の期間は、日照時間は短めだが、日差しは強い。
作物が育つスピードが速い気がする。

↑先日見かけた胡瓜。ニンマリしてしまいました。
ナデシコといっても、サッカーの
日本女子代表チームの愛称ではなく、草花の方である。
ナデシコ、あるいはナデシコを代表とする
ダイアンサスの花には、英語名で“Pink”の名前があり、
したがってピンクという色の語源は
ナデシコにあると聞いたことがある。
僕にとってこの花の魅力は、色ではなく、
フォルム=形状にある。
“幾何学的で怜悧”な感じがするのであるが、
読者の方はどうであろうか?

↑最近見かけたナデシコ。
ツツジの仲間にも、梅や桜のように花を咲かせ終えてから
葉を出すものがあるが、その代表格はミツバツツジだろう。
最初に見た時には、即座にツツジとはわからなかった。
紫色の花々は、夕暮れ時に見ると星雲のようでもある。

↑先月に見かけたミツバツツジ。
古くから「いずれがアヤメかカキツバタ」と言われるが、
これは優劣がつけがたいという意味と、
見分けがつきにくいという2つの意味がある。
いずれにしろ“似たもの同士”である
アヤメやカキツバタが咲くと、5月も終わり。
6月はハナショウブの時季である。

↑最近見たカキツバタ。
ツツジは密生して花をつける場合が多いから、
赤紫色の火のように見える時がある。
まさに“躑躅(ツツジ)燃ゆ”なのだ。
黄金週間に、花を見に行く人も多いことでしょう。
いい“花巡り”ができることを願いつつ……
僕もライヴや取材の合間を縫って努力してみます。

↑ツツジの接写photo。
木酢(もくさく)液とは、木材を燃やした際の煙を冷やして
採取する液体で、むずかしく言うと“乾留液”のひとつ。
色は茶褐色、主成分は酢酸(さくさん)である。したがって、
きつい臭いを持つが、そのおかげで害虫駆除などには
効果を発揮する。昨今では、薄めたりブレンドしたりして、
入浴剤などにもなっているようだ。
土壌改良にも使われたりするので、園芸ファンとしては
要注目の液体なのである。

↑木酢液の商品サンプル。
タンポポは生命力の強い植物として知られている。
が、近年はコンクリートのすき間に花を咲かせている
たくましいタンポポをあまり見かけなくなった。
僕の目が鈍感になったのか、
それともタンポポの生育環境はよくなったのか?
いやむしろ、どちらでもないかもしれない。
“曖昧な場所”が少なくなり、咲いていないところには
少しばかりのすき間もなく、咲いているところには、
タンポポがさして強くその生命力を発動させなくてもいい
ような場所として、演出されているのかもしれない。

↑本日見かけたタンポポの花。
風と雨と温度差と…。
日々揺さぶられながら、着々と夏を目指して、
養分を吸い上げている葉々。
葉を見ていると、過程は重要だなと思う。
時に“結果としての花”よりも……だ。

↑本日見かけたユリの葉。
雨が降ってツヤツヤしていました。
桜(ソメイヨシノ)の開花ニュースは連日伝わってきているが、
多年草のサクラソウもまだ寒い空気の中で咲いている。
サクラソウの野生群落は、
関東では特に埼玉県内の荒川河川敷が有名だ
(関西では、大阪府の花がサクラソウ)。
“野生の群落が見られる”というのは、
今の時代、ちょっとした贅沢で、
その意味で荒川流域の人はうらやましいなと思う。

↑本日見かけたサクラソウの花。
本日、東京で桜(ソメイヨシノ)の開花ニュースがあったが、
昨日、大国魂神社(東京・府中)で見た枝垂れ桜は、
すでに七分咲きだった。
一方、低気圧の接近で吹雪のところもあったりした。
いろいろな天気状態が錯綜している列島で、
開花する側(植物)の判断基準は、何であろうか?

↑その枝垂れ桜のphoto。
ボケ(木瓜)は、葉よりも先に花が開くから、咲き方としては
桜などと同じである。分類的にも、桜と同じバラ科だ。
盆栽などとしてもよく見られる。
個人的に盆栽は未だ手掛けたことはないが、
ボケや梅の盆栽を見ると
手掛けてみたい気持ちが生まれてくるのがわかる。
“手塩にかける”何かをやってみたくなるのである。

↑本日見かけたボケの花。
和紙、あるいは僕らが使っている紙幣の原料になっている
植物が、ミツマタである。日本の紙幣が
世界でもトップクラスの耐久力と美しさを誇っているのは、
ミツマタの繊維質の強さによるものだ。
今日、東京と埼玉の境近くでミツマタの花を見た。
“春を告げる花”と言われるミツマタは、
可愛らしい花をつけていた。

↑そのミツマタの花。
クリスマス・ローズ属にセグメントされる植物の総称が
ヘレボラスであり、
花の少ないこの時季、しかも雪が降った日に見られると、
それは幸運に直結するような気がしてしまう
(東京は、昨夜から雪でした)。
ヘレボラスの花が下向きなのは、
雪を守っているからだと言われ、
花色が白からピンクに変わって行くのは、
冬から春に誘導しているかのよう…とも言われる。
季節は導かれているのだろうか?

↑本日見た、ヘレボラスの花。
4月から5月にかけて開花するモクレン。
個人的には白いモクレンの花が好きだが、
今日、モクレンのつぼみを見かけた。
ここのところ、気温差の激しい毎日で、その日々の中で
着実に育っているものを目の当たりにできて、嬉しかった。

↑そのモクレンのつぼみ。
寒さの底を打ったと伝えられたら、
すぐさま東京では気温が上昇した。
仕事の移動中などに、梅のいい香りが運ばれてくる。
梅といえば菅原道真公=天神様であるが、
福岡県の太宰府天満宮には、
およそ6000本の梅が境内に植えられているという。
“飛梅伝説”の残る太宰府天満宮に、
この時季に行ってみたいなと思う。

↑見かけた紅梅。
寒い日に原稿ばかり書いていると、
心まで縮こまってきそうだが、そんな時、夏の花々のphotoを
見ると何やら活気が湧いてくる。
ユリ、ヒマワリ、サルスベリ、フヨウ…などなど。
今日は原稿の合間に、
ブーゲンビリアやハイビスカスのphotoをながめて
リフレッシュした。精神衛生上、いいと思う。

↑樽に張られた水に浮かぶハイビスカスの花。
「万葉集」において春日王(かすがのおう)が詠んだ
あしひきの山橘の色に出でよ
語らひ継ぎて逢ふこともあらむ
に登場するヤマタチバナは、当然のこと、
昔を今に伝える植物である。
時節柄、その“実”を見ることができる。
千両や万両に対して、ヤマタチバナの実は
“十両”と呼ばれるところも可愛らしい。

↑ヤマタチバナの実。
先日、とある駐車場にて「紅梅にしてはやけに赤いな」と
樹木に近づいてみたら、それは、ハナミズキの赤い実だった。
ハナミズキは、20世紀の初頭に日本からアメリカ
(ワシントンD.C.)にソメイヨシノを贈った際の
“返礼植栽”として日本に入ってきたものであるが、
100年も経つと“日本の樹木”として馴染むのだなと、
妙に感じ入った。

↑その、ハナミズキの実。
今冬は、紅葉と山茶花が両方観られる時間が長いな、と思う。
暖冬気味で紅葉が後ろにずれ込んでいるのだろう。
山茶花を観ると、童謡「たきび」が連想されて
焚き火がしたくなるが、
東京だとままならない住宅事情があったりする。

↑近所に咲いていた山茶花のphoto。
菊の異称が“星見草”だということを知ってから、俄然、
菊に興味が湧いた。それまで菊は、当たり前な秋の花として、
さしたる興味を持てないでいたのだ。
呼称ひとつで興味のあるなしが決まるのだから、
僕らはずいぶんと「名前で縛られている」とも言える。

↑菊の花束のphoto。
この時季、紫色の実を付けるのが
ムラサキシキブやコムラサキ、あるいはコシキブの類い
であり、北海道から九州辺りまでの山野で見られることから
ファンが多い。庭木として見かけることもある。
歌人あるいは「源氏物語」の作者である紫式部と
相通じるものがあるかどうかは、見た人の感覚にゆだねたい。
僕は、源氏物語と言えば“地獄のような品詞分解”のことしか
思い出せず、「誰の・誰に対する尊敬、丁寧、謙譲か?」
という設問にうなされた日々から脱却できないでいる
(←ミヤビとは縁遠い!)。

↑先月見かけたコムラサキのphoto。
USの植物生態学者である故ロバート・ホイッタカー氏が、
生物世界を5つに分ける「5界説」を提唱したのは、
1960年代の終わりのことであった。
5つの分類=世界とは、
1:原核生物(モネラ)界
2:原生生物(プロチスタ)界
3:植物界
4:菌界
5:動物界
である。
摂食の仕方によって分類したこの説は、粘菌類を含む
“菌界”を独立させたことで、一定の説得力を持っていた。
しかし、こうしたカテゴライズそのものが
無意味になってしまったのが、DNAやRNAなどの
高分子生体物質の発見だった。なぜなら高分子生体物質は、
地球上に存在するほとんどすべての生物に関する
遺伝子情報を担っている物質だったからである。
僕の通った高校の生物教師は
「5界説のような分類=階層付けは意味がなく、
これからはDNAだけを研究すればいい」
と声を大にして言っていた。
その後30余年、研究は進み
“ヒトゲノム”の解明にまで至った。
クローン人間の時代到来を前に、問い正すべきは
「世界にひとつだけの塩基配列を持つ存在
=自分以外に、自分を規定するものは何か?」ということだ。
「何も誕生日にそんなことを考えなくても…」という
優しい眼差しに支えられた読者の意見を退けつつ(笑)、
例えば「絶滅する植物から土が受け取ったメッセージ」
のようなものを想像してみる。
「その人から聞こえてくる音楽」が、
その人を規定するものになればいい…などと、漠然と思った
(←どうやって測定するんだよ!?)。

↑朽ちた木に生息した粘菌類“マメホコリ”のphoto。
粘菌類のコミュニケーション方法にも興味があります。
カラマツは“落葉松”と書かれるように、葉を落とす種である。
したがって、新緑や紅葉の時は、とても美しい。
山岳エリアに植えられていることが多いため、
冷涼な空気と相まって繊細に見える。
建材としてのカラマツは(反りなどがあるゆえ)
改良が加えられるようだが、
個人的には、もっと植えられてほしい樹木である。

↑カラマツ紅葉(というか黄葉)のphoto。
標高の高いところや北の地方からは、紅葉の便りが
届きはじめている。“全山紅葉”などというのは、
さぞや美しかろうと思う。紅葉は、花と同等なのである。

↑先日見かけた綺麗に色づいたmapleの葉。
今日は、キキョウ科のツリガネニンジンの花(薄紫色)を
見かけた。
通常ならば、最低でも25センチくらいの大きさになるという
ツリガネニンジンだが、見かけたものは15センチの
小さなもので、しかしながら、可憐さと力強さは抜群だった。

↑見かけたツリガネニンジンの花。
ナスの実がヘタの部分を上にしてなっているから、
オクラの実もてっきりそうなるのだと思っていたら、
オクラは細くなっている先端が、
天に向かって突き刺さるようになっていた。
何やら、剣を空にかざしているようにも見える。
ニューオルリーンズ@USAに行った時、ガンボと呼ばれる
地元料理にオクラが入っていた。
原産は、北アフリカだと聞く。
花はハイビスカスに似た綺麗なもので、
まさに“花も実もよし”な植物なのである。

↑本日見かけたオクラの花。
気温が下がってくると、
“花”から“実”へと関心が移っていくのは、半ば定式だ。
この時季、2センチぐらいの小さな実を付け、
食べると梨のような甘みのあるのが、ナツメ。
乾燥させて、漢方薬的にも使われる。
先日話題にした桃などに較べると、
ナツメの実は、はるかに小さいけれども、
その小ささが、ヴィジュアルの魅力になっていると思う。

↑見かけたナツメの実。
どの季節に咲く花を多く植えているかは、
ご家庭によって異なるだろう。
夏に咲く花ばかりを植えているご家庭もあり
ヒマワリからグラジオラス、ダリア、夾竹桃、サルスベリと
一斉に咲いている家を見ると、
「そんなに夏が好きかい!?」とツッコミを入れたくなる(笑)。
ダリアはメキシコの高地原産だから、
東北地方とかでも、夏によく見かける。
今年の東北地方は、梅雨明け宣言がなかったけれど、
ダリアは元気よく咲いただろうか?

↑秋めいた風に揺れていたダリアの花。
今日、取材に行く途中にサルスベリの花を見た。
見ている間に、何やら涼しげな風が吹いてきて、
毎年サルスベリの花にあたっている熱風を感じるのとは
違うなー、と思った。
サルスベリは、
江戸時代に渡来してきた落葉小高木であるが、
“ご先祖の記憶”などは持っていないのだろうか?
もしあったら、
今年の“すっきりしない夏”を分析してもらいたい。

↑サルスベリの花。
今夏は天候不順ゆえ、この後、野菜の高騰は必至だろう。
それだと、個人的に、困る。
今夏は、体調維持のために
野菜ばかり食べているからである。
特に、きぬざやとカボチャを食べている。
たとえ日照時間が短い夏だとしても、
野菜を食べて、夏を乗り切りたいものである。

↑昨日、小さな家庭菜園で見かけたカボチャの花。
本日の日記タイトルは“むかご”と読む。
読めた人は、けっこうな園芸好きか、
短歌・俳句をたしなむ人だろう。
むかごは、秋の季語だからである。
むかごとは、植物の器官のひとつで、栄養生殖器官のこと。
むかごを作る植物としては、
ツル性の多年草であるヤマイモが有名であるけれども、
オニユリにも、むかごはできる。
濃紫色で球状のむかごが、葉のボトムにできるのだ。
オニユリは、今を盛りに咲いている。
盛夏が近いサインかもしれない。

↑そのオニユリのphoto。
熱帯地方のアイコン的植物であるヤシは、果実を食料として、
はたまたオイルとしてだけではなく、
酒、薬、炭、工芸用品として、幅広い用途を持つ。
つまりは「役に立つ植物」なのだが、僕としては、
ヤシの葉が風に揺れている光景だけでも、
充分にその価値はあると思う。
南国に行きたい(←現実逃避)。

↑四国で見かけたヤシ。
メキシコ原産のサボテン科=多肉植物である
“月下美人”は、日没あたりから花を開きはじめ
朝には、しぼんでしまう。
今日、月下美人を観た。
20センチほどの大きな花は、芳しい香りを放つ。
暑い地方の花だと思う。
花言葉は「儚い美」。
暑い一夜の夢のようでもある。

↑月下美人の花。
そう言えば、松井常松さん(ex.BOφWY)の
アルバムに『月下氷人』というのがありましたね。
家の庭には手水鉢はあるけれど、池は、ない。
手水鉢では、水が循環しないゆえ、
ホテイアオイなどの水生植物を入れても、
どうも、元気に育たない。
金魚など入れようものなら、水を換えても
長生きしてくれない。
田んぼに水草がツヤツヤしながら
浮かんでいるのは、水が循環しているからだろう。
循環させることに、多大なる労力をはらっている
からこその賜物なのだ。
ああ、青田が見たい。

↑古都で見かけたホテイアオイ。
カメに水を張って育てているようです。
その匂いのきつさから敬遠されることの多い
ドクダミであるが、僕はけっこう好きだ。
特にドクダミの白い花は、まさに潔白な感じがする。
花言葉は「白い追憶」。
かなりロマンティックである。
うーむ、追憶に浸っている暇は、
今週は、ない!(←怒ってどうするよ!?)。

↑時間に追われながら撮ったドクダミの花。
中国原産の小低木:未央柳は、この時季に
黄色い美しい花を咲かせる。
かつて長安(シーアン)@中国にあった
未央宮に植えられていた柳の葉に似ていることから、
こう名付けられたという。
花と葉は、かの楊貴妃(ようきひ)の
面持ちに例えられる。
曇天、あるいはそぼ降る雨の下で見ると、
確かにハッとさせられるな、と思う。

↑未央柳の花。
都市部でも、よく見ると、公園の植え込みなどに
咲いています。
“ジョンF・ケネディ”やら
“ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ”など
バラには人物名の冠された品種が数多い。
これは、固有種を作って偉人に献上する、
つまり、バラによってその人を奉る価値が
あるからだろう。
そうした行為を支えているものは、
“バラ=尊敬の念を傾けられる価値ある花”
という、人々の間に沈殿した意識である。
バラが美しく咲く季節になった。
しばしながめながら「自分にとって尊敬できる
人は誰か?」などと考えてみてはいかが?

↑今年咲いてくれた“ピエール・ド・ロンサール”。
ちなみにクライミング系。
ロンサールは、中世フランスの詩人です。
ある植物学者が「植物は、太陽と地球上の
生命との“架け橋”である」と言っていたが、
心からそう思う。
そう思えば思うほど、植物と人間との
架け橋になりたいと願わずにはいられない。
このブログを「花漬日記」にしたい
今日この頃なのである(笑)。

↑少し前に咲いていた“シャガ”の花。
まとまった雨が降り、気温が高くなってきたことから、
開花のサイクルもtempo upし始めている。
青系の花を多く植えている自宅の庭で、
それ以外の色の、かなり好感度かつラヴリーな
色のペアが咲いているので、御紹介する。
シャクナゲとカキツバタの御両人である。
(↑って、人じゃねーし)。

↑pinkがシャクナゲ。
yellowがカキツバタ。
もみじは、新芽の時は緑色だとばかり思っていたが、
新芽の時から赤色のもみじもあることを知った。
品種名を「野村」という。
新緑の中にあると大変に目立つので
「あれは、何?すでに紅葉か?」と思ったのだ。
赤色は秋まで微妙に変化していくようだ。

↑新緑を背景にかなり目立つ“野村もみじ”。
宿根草であるシランは、
蘭の仲間内でも、ことのほか育てやすい。
ほとんど何もせずとも、
毎年、美しい花を咲かせてくれる。
“手のかからないいい子”という感じなのである。

↑明るい紫色は、蘭らしい色でもありますね。
アロマオイルとしてのジャスミンは
“精油の王”と形容され、自信喪失に効くと
言われる。
しかし、大いなる自信などというものは、
ハナからない方がいいわけで、
植物を愛で眺め、“そこで終わりにしておく”こと
こそ、そこはかとない自信に繋がるのではないか?
と思う。

↑ジャスミンのつぼみ。
近日中に一斉に開花するはず。
スミレの花といえば、だいたい青紫系と
相場が決まっているけれども、
今日は白いスミレの花を見かけた。
可憐さを凌駕する艶っぽさがあり、
しばし、しゃがみ込んで凝視していた(←不気味だから!)。

↑これが、その白スミレ。
枝垂れ桜は普通のサクラよりも、
少し遅れて開花する。
この週末は、枝垂れ桜もコミで、
夜桜を楽しむ人が多いのではないだろうか?
くれぐれも、酩酊して、
桜花精(サクラの花の霊)に
魂を抜き取られぬよう…
いや、それもいいかもだけど(笑)。

↑古刹で見つけた枝垂れ桜。
おそらく桜花精がいます(←ホントかよ!?)。
今年のサクラは、開花してから低温日が続いたためか、
ゆったりと咲いていった。
今日は満開。
まさに華やぐ日だ。


↑サクラのフォト。
チューリップも付けちゃうよ(笑)。
好きな花の色は、青色だが、
好きな花の形状は?と問われれば、
「釣り鐘型」と答える。
端的な例は、スズランである。
今、庭には“スノーフレーク”が咲いている。
スノーフレークの別名は“スズランスイセン”。
実に豪華な名前だと思うのは、僕だけだろうか。

好きな花の色は、青色だが、
好きな花の形状は?と問われれば、
「釣り鐘型」と答える。
端的な例は、スズランである。
今、庭には“スノーフレーク”が咲いている。
スノーフレークの別名は“スズランスイセン”。
実に豪華な名前だと思うのは、僕だけだろうか。

庭の桜が咲きはじめた。
もはやこの年齢になると「あと何回、桜を
観ることができるのだろう?」と思うから、
1年1年が重要である。
しばし、サクラを眺める。
すぐ近くに家屋が迫っていて、
その家屋と道路に挟まれた狭い庭でも
樹木は大きくなって花を咲かせるものだと
感嘆の念を禁じ得ない。
「すごいなー」と、いつも思う。
人間は最早、植物に支配された方が、よい。
それが最も地球のためである。

↑感嘆するのみ。
福岡管区気象台の発表によれば、
本日、ソメイヨシノが開花。
1953年の統計開始以来、最も開花日は早く、
もちろん全国で一番乗りだという。
地球温暖化の影響だろうけれど、
あまり“前倒し”になってほしくないな、と思う。
“桜満開の入学式の図”は、これからは、
東北より北のエリアでの話になるのだろうか?

↑庭のラッパスイセン。
「気分はまだ早春」で、いたいなー。
早春に咲く花は、梅やヒヤシンスなど、
いい香りを放つものが多い。
冷たい空気が香りを引き立てているという言い方もできる。
芳香のバランスを研究したい時季である。

↑咲き始めた沈丁花。
巡る季節の不滅の秘密を知っているかのような
香りを放っています。
以前、ケルン@ドイツに行った際、現地のcoordinatorに
「佐伯の家には“sasa”はあるか?」と聞かれた。
「竹林の下に熊笹が生えている…そんな庭が
ほしいところだが、残念ながら、ほど遠い環境だ」と答えた。
笹は日本ぽい植物として、海外でも認知度は高い。
僕は一度、竹を鉢植えで生育させようとして、失敗したことがある。
地下茎を充分に伸ばすことによって育つ竹や笹には、
広い庭が必要であり、
それはなかなかに遠い憧れなのである。

↑こんな熊笹の生えている庭が、憧れです。








