佐伯 明(さえきあきら)
1960年11月10日・東京都国立市生まれ。さそり座B型。中央大学文学部フランス文学科卒。
17歳のときに音楽雑誌「rockin’ on」に投稿したものが記事となり、音楽文の執筆をスタートさせる(ちなみに最初に記事になったときの題材はジェフ・ベック。最初にインタビューをしたミュージシャンは忌野清志郎&仲井戸麗市。主にライナーノーツを書いたミュージシャンはブルース・スプリングスティーン)。
25歳のときに音楽業界に嫌気がさし、ガソリンスタンドでアルバイトを始めるが半年後に復帰。以後、自称“音楽文化ライター”として、音楽文(評論)を書いたり、番組の構成出演などをしている。ちなみに、“音楽文化ライター”を名乗るのは、音楽を文化のひとつとしてとらえ、その目線から文章を綴っていく思いから。学生時代に文化記号論を学んだことも影響している。
趣味は犬の飼育&テニス。しかし、現在飼っている犬は、なし。テニスは週2回のペースで地元のテニス・スクールへ通い、現在、上級からプレーヤーズへのクラスアップを目指している。そして、テニス・プラクティス体験から“ロック・アスリート”なる新しいジャンルを提唱中。
尊敬する人はフェルディナンド・ソシュール(言語哲学者)&シャーロック・ホームズ(書物上の名探偵)&安倍晴明(陰陽師)。
■これまでに携わったソニー・マガジンズの本
「路傍の岩」、B'z「ウルトラクロニクル」、高橋直純ツアー・ドキュメントブック「smile moon」、GLAYツアーフォトブック「LOVE IS BEAUTIFUL」(以上、著)、渡辺美里「SHE LOVES YOU YEAH YEAH」、藤木直人アーティストブック「NF」、山崎まさよしツアーブック「Transit Station」(以上、構成&インタビュー)
(2007年6月現在)
東京スカイツリー・タウンの中に"ウルトラマンM78ソラマチ店"が開業するのを記念して、限定ソフトビニール「ダダ透明化Ver.」が発売されることとなった。
当時、ダダが繰り出した透明化やテレポートは、ウルトラ怪獣の中でも画期的なものだった。
大人買いする人が、続出すると思う。
supercellと言っても、ryoさん率いるクリエイター集団のことではなく、先日関東地方で発生した竜巻(たつまき)の元となる雷雲群のこと。
cellとは"細胞"のことだが、雷雨のメカニズムを解明するために考え出された"降水セル"とは、"限定的気団"という意味を持つ。
supercellは竜巻以外に雹(ひょう)の発生にも関与するので、これから天気予報などに登場するワードになるかもしれない。
アイルランドのIrish Film&Television Networkによれば、ジミ・ヘンドリクスの伝記映画"All is by my side"の撮影が、今月の下旬からスタートするとのこと。
映画はヘンドリクスがUKで過ごした1966〜67年を描く模様なので、かなり楽しみだ。

↑ヘンドリクス役は、アウトキャスト(USのヒップホップ・ユニット)のアンドレ3000。確かに似ているが演技力のほどは、どうなのだろう?
貨物列車をボーッと見るのが好きなので、牽引しているコンテナなどが長ければ長いほど嬉しい。
最近は、長い貨物列車に出会うことはなかなかないけれども……。

↑貨物列車EF65のphoto。
数学の世界では"無限級数"など、無限の存在が許される反面、因果律が存在しない。
一方、現実社会では無限の存在は許されないのに対し、因果律が存在する。
この対応関係から生まれるのがいわゆる"タイム・パラドクス"だが、「今」をどうとらえるか? に接線を引けるのが、以前、当ブログでも紹介した"シュレディンガーの猫"である。
「今」をどうとらえるか? それが問題だ(←いいからさっさと入稿せんか!)。
4月5日にお亡くなりになったマーシャル・アンプの創業者であるジム・マーシャル氏のトリビュート・イベントがロンドンで催されることとなった。
出演者は、ジョー・サトリアーニ、ザック・ワイルド、イングヴェイ・マルムスティーンなど、激巧テクの持ち主ばかり。
実際、アンプがなければ激巧テクも正しくリスナーに伝わらない。
アンプもまた演奏者の一部なのだ。

↑マーシャルの15ワット・アンプ、MG15R。
いわゆる"ゆるキャラ"には少なからず関心を持っているが、今日は竹富島@沖縄県のゆるキャラである"ピカリャー"のphotoなどを移動中に見て、和んだ。
"
↑ピカリャー"のphoto。
Kinect(キネクト)とは、マイクロソフト社が開発したゲーム・デバイス。コントローラを使わずにジェスチャーや音声認識によってプレイするためのシステムだが、これを応用してジェスチャーのみでパイプオルガンを弾いてしまったのが、オーストラリアの作曲家であるクリス・ヴィック氏だ。
パイプオルガンをまるでテルミンを演奏するかように"ジェスチャー演奏"する光景は面白かったが、さらに言えば"何らかのダンスのようなもの"をした際に生まれる音楽もあるのでは? と思った。
↓その演奏シーン。
USエジソン・リサーチ社の調べでは、アメリカでもスマート・フォンの普及により、アプリを介して=ネット経由でラジオを聴く人口が増えており、全体の29%に及ぶとしている。
ちなみに10年前は8%だった。
専門化されたアメリカのラジオ局の、どこの局がよく聴かれているのか?
興味が湧くところだ。
上野恩賜(おんし)公園は、日本で初めて"公園"に指定されたところでもあるし、動物園を初め博物館や美術館が点在している。
「今日あたりは花見客でにぎわっているのだろうな」と思った。

↑公園一角にある国立博物館。
iOSデバイスにおいて、アップル社がかけている規制を取り払い、非公認アプリなどを使える状態にすることをjailbreak(脱獄)という(Play Station3にも、こう呼ばれている)。
一方、Androidデバイスで、メーカーが設けた制限を取り外し、通常ではできない設定の変更その他をすることをrooting(ルート化)という。
どちらもサポート対象にならない、自己責任の下おこなう行為である。
よって、いまだ僕は踏み切れていない(笑)。
イスラム神秘主義の"スーフィー"あるいは"スーフィズム"が気になって、時間を見つけては調べている。
特定の宗派や教義を示す呼称ではないという説もあり、したがって寓話や詩、音楽に現れる場合もあるようだ。
よって、トルコの音楽も調べてみたい。
仮に今、モノレールに乗車していて大地震に遭遇した場合、モノレールは緊急停車するだろう。
その場所が駅間であれば、モノレール上を歩いて最寄りの駅までたどり着かなければならない。
モノレールはその名の通り1本のレールであるから、さながら少しばかり幅の広い平均台の上を歩いていくような感覚になるだろう。
東京モノレールであれば、海上を走っている区間もあるため、"海の上の平均台"をクリアしなければならない。
その時に余震が来たら……今日は、そんなシミュレーション雑談を編集者とした。生産的な話なのか、どうなのか?(笑)。

↑東京湾の海上を走る東京モノレールの車窓から……のphoto。
イタリアのヴェッキオ宮殿(フィレンツェ政庁舎)にある"500人大広間"、そこの壁画「マルチャーノ・デラ・キアーナの戦い」の裏にもう一つの壁があり、描かれているものがレオナルド・ダ・ヴィンチの"失われた壁画"ではないか? と言われている。
フィクションではない"ある種のダ・ヴィンチ・コード"の発見となるだろうか?
調査に向けられた抗議も強いと聞くが、個人的には進展に期待したい。

↑こちらは文庫本「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記」。
インターネットでラジオ放送を配信するradiko.jpの配信エリアが4月2日から全国に拡大される。
さらに既存の"ラジオNIKKEI"の配信エリアが、全国47都道府県に拡大されるほか、民放以外では初参加となる"放送大学"のラジオも全国配信される。
僕はラジオが好きなので、エリア拡大は大歓迎である。
加賀・前田家の家紋は"梅"をモチーフにしたものだ。
今年は寒さが厳しかったためか、梅の開花が遅れた。
よって、前田家の家紋が全国にあふれればいいのにと思った(笑)。

↑前田家の家紋。
bpm(テンポ)を170→999まで上げていき、エレクトリック・ギターを弾く動画を視聴した。
正直なところ、フレーズとして成立しているのはbpm300までで、それ以降は、速く弾くためにフレーズも固定化するし、何を聴かせたいのかが不明となる。
もちろん聴かせるべきものは"速さ"なのだろうから、だとすれば、見せればいい。
フレージングと速さの両立はむずかしいなと、あらためて思った次第。
↓その動画。
今日は、ひな祭り=桃の節句だが、明治時代以前は旧暦(太陰暦)にあわせていたゆえ、現在の新暦(太陽暦・グレゴリオ暦)とは1ヶ月ほど差がある。
よって、ひな祭りには桃がよく咲いていたのだろう。
早く温かくなればいいと思う反面、まだ雪が見たいという気持ちもある。
↑桃の花のphoto。
今年は、うるう年なので2月が1日多い。
2月29日に生まれた人は、3月1日を誕生日として戸籍登録される人が多いと聞くが、中にはそのまま2月29日で登録される人もいるのだろう。
ミュージシャンだと、いきものがかりの吉岡聖恵さんが該当する。
僕の友人(3次元)で29日生まれの人はいない。
そこで2次元まで広げてみると、ひとりいる。
マンガ「テニスの王子様」に登場する、不二周助である。
不二くん、お誕生日おめでとう。

↑不二周助のCDジャケット。
今月、ソニーは携帯電話会社"ソニー・エリクソン"の50%株式を買い取り、完全子会社化した。その新社名が"ソニー・モバイルコミュニケーションズ"である。
そして、ソニーの次期CEOである平井一夫氏は、ソニー・ブランドの下でのスマートフォン事業復活を宣言した。
僕は旧CBSソニー時代に何度か平井さんにお会いしているが、抜群の英語力を持ち、先見の明もあると思っている。
よって、ソニー・モバイルコミュニケーションズを応援したい。
AndroidデバイスがiPhoneと大きく異なる点は、その"幅広いカスタマイズ性"にある。
外観もスペックもUIも、ソニー流のカスタマイズに期待したい。

↑ソニーの新Xperia3機種。
アサヒ飲料(株)は、1884年の生誕から今年で128年を数える「三ツ矢サイダー」の、1960年代の味とパッケージを再現した「三ツ矢サイダー ワンウェイびん310ml」を発売する。
子どもの頃好きだった三ツ矢サイダー、味と共に記憶のフラッシュバックなるか?
飲んでみなくては。

↑その復刻パッケージ。
特撮映画「ゴジラ対ヘドラ」やSF映画「日本沈没」の美術監督を務めた井上泰幸さんが、お亡くなりになった。
原水爆実験から生まれたゴジラと"ヘドロ"という公害から生まれたヘドラ。
地震列島の怖さを描いた「日本沈没」……現在にも充分通用するテーマである。
僕は「ゴジラ対ヘドラ」のサイケデリックな美術が、とても好きだった。
ご冥福をお祈りいたします。

↑「ゴジラ対ヘドラ」のDVDジャケット。
"ドクター・イエロー"こと黄色い新幹線の名称は、"新幹線電気軌道総合試験車"。
つまり、レールや架線の状態を走りながら検測する車両なのである。
10日に1回程度しか走行しないので、見かけることができたなら、ラッキーと言えよう。

↑先日見かけたドクター・イエローのphoto。
USのTV&映画シリーズ『スタートレック』に登場する携帯用アイテム"トリコーダー"を作ってみるコンテストが開かれる。
主催するのは、USの通信会社のクアルコム社と教育系財団であるXプライズ・ファウンデイションであるから、本格的と言える。
求められる性能は、
●15〜30人の患者の15種類の疾患を、3日以内に的確に診断できること。
●装置は一般人が医療職や医療機関の支援を受けずに使えること。
●5ポンド (2.27 kg) 以内で持ち運びできること。
だということ。
ぜひとも、現代のトリコーダーを見てみたい。

↑こちらは『新スタートレック』に登場したトリコーダー。ちなみにこのトリコーダーは、周回軌道上からならば、惑星上のヘアピン1本でも探し出せる。
先日、新堂遺跡@奈良県橿原市で12世紀初めというから平安時代後期にあたる、"鬼"が描かれた土器の破片が見つかった。
鬼とは"おぬ"、つまり"隠"からきているという説があり、もともとは目には見えないものである。
今回出土した土器には"ヘの字"に結ばれた口の両端から牙が出ており、いわゆる"節分の鬼"の源流ではないかと言われている。
可視化されるとはポップになること……その一例だと思う。

↑こちらは、鬼のお面。
地上波ラジオ放送をインターネットで同時配信する"radiko"に、新たに6局が参加。
福井放送、山陰放送、長崎放送、FM長崎、熊本放送、FM熊本が、本日昼より試験配信を開始した。
これで、参加放送局の合計は54局。
こうなると、聴取エリアの拡大も切に望みたいところだ。
福井放送などを聴いてみたいと思った。
このところ、NTTやKDDIで通信障害が発生している。
3Gだけに頼らず、Wi-FiやWiMAXを並列使用させることが、今後はさらに重要になってくると思う。
災害時のことも考えると、数種類の通信手段とその経路を持っておくことが肝要であろう。
日本一の富士山は、静岡県側から眺めるのと山梨県側から眺めるのと、果たしてどちらが、人気が高いのだろうか?
王道が静岡県側からで、スペシャルが山梨県側からのような気がするのだが、それは僕の偏見だろうか?
東海道新幹線に揺られながら、ふとそんなことを思った。

↑富士山のphoto。
一昨日のブログで触れた厳島神社の海上社殿は、平清盛が整備したものである。
その流れから、今年のNHK大河ドラマ『清盛』を視聴した。
清盛の出生に関する一説として、白河法皇と祗園女御の妹(白拍子)の間に生まれた子という説があるが、ドラマではその説にのっとって物語を展開させていた。
平家と源氏は、言わば表裏一体だと、僕は思っている。
そして"明らかな表の部分"を作ったのが、清盛だとも思う。
1年をかけて、新たな清盛像を表現できるかどうか?
期待したい。

↑こちらは吉川英治の著作「新・平家物語」。
今期のアニメ作品「夏目友人帳 肆(し)」を視聴する。
今期は"祓い屋"である的場静司とのかかわり合いが主軸になるだろうから、僕の好きな"ほのぼの&切ないムード"からは離れることになるかもしれない。
だが、新しい発見にも期待しているのである。

↑コミックス『夏目友人帳』第13巻。
今期から始まったアニメ作品「新テニスの王子様」を視聴する。
オープニング曲が、よく取材をする藤澤ノリマサさんの「未来の僕らへ」という楽曲であり、オペラ・パートになったところの手塚国光部長の絵柄の綺麗さと相まって、実に新鮮だった。
"新テニプリ"を筆頭に、今期のアニメ作品はかなり楽しめそうである。

↑こちらはコミックス『新テニスの王子様』第4巻。表紙は幸村精市部長(立海大付属中)。
とあるアンケートで"スマートフォンを持つ人が手帳を購入する確率が高い"という結果が出ていたが、僕もそのひとりである。
手帳のいいところは、やはり"素早く書き込める"ところにある。
書き込んで整理してから、忘れてはいけないスケジュールをスマートフォンに入力することが多い。
手帳は"苗床"のような存在なのである。

↑本日購入した手帳。高橋書店製。
Google社が制作した2011年を振り返った映像『Zeitgeist(ツァイトガイスト) 2011』が、公開された。
ツァイトガイストとは、ドイツ語で"時代思潮"という意味である。
僕が思う今年の思潮とは、人類の統御できない部分の増大ということだ。
だが、考えてみればこれは当たり前のことである。
科学その他の発達で未知の部分が既知となり、統御できない部分が少なくなると思うのは、未知の総量があらかじめわかっていると考える浅はかなもので、既知の部分が多くなればなるほど未知の部分と"接する面"は大きくなると考えるのが、正しいからだ。
Google社が、この映像で最後に残しているワードは「Search On」である。
「わかればわかるほど、探さなければいけない」……確かに言えることだと思う。
特に'70年代に活躍したUKのバンド"フォガット"は、ブギーをハードロック・テイストに演奏するバンドで、一時期よく聴いていた。
そのフォガットのバンドロゴが入ったワインがあるそうで、それを飲みながら改めて彼らの"ハード・ブギー"を聴いてみたいなと思った。

↑そのフォガット・ワインのphoto。
昨日はYou Tube、二コ生、Ustreamで同時配信されたプログラム"「My Private "Jealousy"」発売記念〜GLAY DIRECT TALK〜"を視聴した。
"事件簿"と題された4人それぞれの"ツアー中㊙映像"に笑わせてもらった。
10月29日の夜@新潟、TAKUROさんと僕が熱弁をふるっているその横で、スタッフと何か画策をしていたHISASHIさんが、翌日のアンコールで、ゴリラの着ぐるみでステージに出たことは知っていたが、ギターまで弾いていたとは!
HISASHIさん、冴えてます。

↑GLAYの最新シングル「My Private "Jealousy"」。
インドの民族楽器であるシタール(弦楽器)を楽曲に取り入れたい時、おいそれとシタールが弾けるわけもないので、シタール・ギターを使用することになるが、シタール・ギターもなかなかにデリケートなものである。
そこで、このたびエレクトロ・ハーモニクス社(USA)が開発したのが、ペダル・エフェクター"Ravish Sitar"。
デモ映像を見たところ、通常のエフェクターのような操作〜足でスウィッチをON/OFFする〜で、シタールの微妙な音を出すことができるようだ。
かつてエレクトロ・ハーモニクス社が開発したエフェクターの名機"ザ・ビッグマフ・パイ"のように多くのギターリストたちに愛用され、ちまたにシタールの音があふれるといいなと思う。

↑その"Ravish Sitar"の外観。おお、タジ・マハールのプリントが!
レコード会社のEMIを、音楽出版事業とレコード音楽事業を分割する形で、ソニーとユニバーサル・ミュージックが買収した。
再編が進む音楽業界にあって、この事象の意味は、とても大きい。
今後、どのような影響があるか、注視していきたいと思う。
ソニー・マーケティングは、このたび"いい音"への興味を喚起するための「Sound Premiumプロジェクト」の一環として、特設サイトを開設した。
そこでは、ユーザーがTwitterやFacebookに書き込んだ6日分のつぶやきから、自分だけのオリジナル楽曲付きムーヴィが生成できるサービスを4日より開始、無料で利用可能だ。
スペシャル・サイトでは、TwitterやFacebookでユーザーが最近(6日分)つぶやいた事、コメントした事を分析。その人にあった楽曲ムーヴィが自動生成される。
解析の元になるワードで例えば「最高」「大好き」「苦手」「最悪」などが、タイポグラフィ・ムービィで表現され、自分の感情がどのような音を奏でているかを、聴覚的にも視覚的にも楽しむことができる。
僕も試しにやってみたのだが、あまり抑揚のないピアノ・インストが生成された。感情の起伏が乏しいのか?(笑)
日本でハロウィンが目立って催されるようになったのは、2000年代に入ってからのことだという気がする。
東京ディズニーランドでも、ハロウィンの催し物が定着したのは'00年からであった。
さすがは、ディズニーランド!

↑見かけたハロウィンの飾り。
東日本大震災から7ヵ月が経った。
環境的にも精神的にも、震災の残した深い爪痕は、早々癒えるものではないだろう。
復興や復旧とは何だろうと、考える日だった。
アップル社の共同設立者のひとりであり、前CEOだったSteve Jobs氏がお亡くなりになった。
僕はアップル製品のエヴァンジェリスト(伝道者・熱烈な支持者)ではないが、MAC EXPOにおけるジョブズ氏の基調講演は、いつも楽しみにしていた。
いろいろな意味で、独創的な人だったと思う。
ご冥福をお祈り致します。
そして、ジョブズ氏を失ったアップル社の今後の踏ん張りに期待したい。

↑iPhoneを手にするジョブズ氏。
フランスのテクノデュオであるダフト・パンクが2月に続いて再度コカコーラのデザインを手がけた。
前回はGold&Silverの派手なものだったが、今回はレトロ・フューチャーな渋カワイイ的デザイン。
彼らの音楽性に通ずるものがあると思った次第。

↑ダフト・パンクが手がけた今回のコカコーラ・ボトル。
江戸・幕末の土佐と言えば、まずは土佐勤王党が思い浮かぶが、土佐の浮世絵師である弘瀬金蔵の派手な芝居絵もなかなかに有名である。
弘瀬金蔵は"絵金"のニックネームで親しまれた。
金蔵の浮世絵は、生首だの血しぶきだのグロテスク=怪奇なものが書き込まれていながら、それが逆にポップ性を煽ることにつながっている。
"グロテスク""煽るポップ性"…そうしたものが、あの時代の風なのかな、とも思う。

↑絵金の画があしらわれた地酒のラベル。
7月から放映していたアニメ「夏目友人帳 参」が終わってしまった。
最終回は「夏目遊戯帳」というタイトルで、妖(あやかし)がたくさん登場して楽しかった。
僕は"みすず"がけっこう好きだということがわかった。

↑こちらはコミックス『夏目友人帳』第4巻。
ワンセグの正式名称は"携帯電話・移動体端末向け1セグメント部分受信サービス"である。
今日のような強い台風の影響を受けながら、いつでも情報を得たい時に、とても便利なサービスだと思った。
今日は、航跡を見た。
それが出立の航跡なのか、帰還の航跡なのか、それは判然とはしなかった。
判然としないところが、いいと思った。

↑かつて見た航跡のphoto。
今日は移動と取材が立て込んで、一息つく間もなく夜になってしまった。
そんな中、渋谷の高層ビルから"矢印のような雲"が見え、思わず僕を含むスタッフたちから「おおっ」と感嘆詞が漏れた。

↑その"矢印雲"のphoto。
関越自動車道上りの寄居(よりい)PA(パーキング・エリア)@埼玉県は、フランスの作家:サン=テグジュペリの代表作「星の王子さま」とコラボしていることから、"星の王子さまPA"と呼ばれていることを、知った。
先日、偶然にこのPAに入ったのだが、いきなりオシャレな建物が並んでいたので、面食らってしまった。

↑その"星の王子さまPA"の一角。
"場違いな工芸品"を意味するオーパーツ(Out of place artifacts)のことは、以前、当ブログにも書いたが、1518年にピリ・レイス(オスマン帝国の軍人)によって描かれた世界地図も、オーパーツではないか? とされている。
なぜなら1818年に発見された南極大陸の輪郭が、発見される約300年も前に、ピリ・レイスの地図に描かれているからである。
これは、いわゆる"ロスト・テクノロジー"、つまり、一度見いだされたのちに失われた技術の賜物なのか?
謎の地図に、興味は尽きない。

↑ピリ・レイスの地図。
台風12号がもたらした被害は大きく、特に奈良県と三重県、それに和歌山県が甚大な被害をこうむった。
僕の好きな熊野地方も水害や土砂災害がひどく、ずっと心配している。
早く復旧のめどがたってほしいと思う。

↑土砂崩れにあった熊野那智大社。
進行速度の極度に遅い台風12号が四国に上陸したニュースを心配しながら見て、幡多弁を思い出した。
四国西南部の方言である幡多弁は、土佐弁とも少し違う。
京阪的アクセントの四国において、東京的アクセントが多いのも、変わり種の方言といえる。
台風の被害が大きくならなければよいのだが……。
Input Method、あるいはInput Method Editorとは、PCなどで文字入力を補助するソフトのこと。
このInput Methodを使用者が、例えばユーザー辞書などを作成して自分用に鍛え、初めて使いやすくなるわけだが、僕のInput Methodは目下のところ鍛錬中であり、ただ今の入稿時、能率が悪くなっている(←ソフトのせいにする気かよ!?)。

↑Input Methodとして普及しているジャストシステム社のATOKのパッケージ。
鶴翼(かくよく)とは、戦闘の際の陣形の一つであり、上方から見るとVの字型をしている。
1573年1月25日、三方ヶ原(みかたがはら)の戦において、かの徳川家康は鶴翼の陣形をとったが、魚鱗の陣形でかかってきた武田信玄に撃破されてしまった。
その経験をふまえ、関ヶ原の戦いで家康は魚鱗(ぎょりん)の陣形をとり、西軍に勝利したと伝わっている。

↑いくつかの陣形を示した図。
食べたものが消化されるなどの意味を持つ"熟れる"は"こなれる"と読む。
つまり「熟」の訓読みは「こな」と「う」と2つあることになる。
2つ以上の訓読みを持つ漢字が、なぜだか好きである。
本日のブログ・タイトルを見て「ゴキブリかハチか、はっきりせい!」と思った人もいるだろう。
熱帯に棲むハチの一種"エメラルド・ゴキブリバチ"は、ゴキブリの神経系に作用する自らの毒を放ち、しかもゴキブリを殺すことなくハチの卵を寄生させ、幼虫が育つまでゴキブリから栄養をもらうという、実に高度な"毒のプログラミング"を施す昆虫なのである。
今夏の自由研究にどうだろうか?(←熱帯地方まで行くのかよ!?)

↑美しいエメラルド・ゴキブリバチのphoto。
日本では8月15日を、太平洋戦争・終戦の日、あるいは終戦記念日としている。
この認識は、玉音放送と直結しているのだが、UKやUSAなどでは9月2日が対日先勝日となっている。
それだけ玉音放送は大切であり、かつ衝撃的だったのでもある。
いろいろなことを考えさせられる日である。

↑NHK放送博物館に所蔵の玉音放送が録音されたアナログ盤。
中庭や駐車スペースにイルミネーションを、まるで天井のように配したホテルをヨーロッパやアメリカで時おり見かける。
防犯上、あるいは雰囲気演出としてはいいのかもしれないが、電力が気になるところである(笑)。

↑そうした一例のphoto。
先日"海の日"を迎えたが、国民の祝日に関する法律には、海の日は「海の恩恵に感謝すると共に、海洋国日本の繁栄を願う」ことが趣旨として盛り込まれている。
今年は"海の恩恵"は"海の脅威"と背中合わせになっていることを、直視せざるを得ない海の日になったのではないだろうか?
海に囲まれた日本を今一度、さまざまな角度からとらえる好機になるといいと思う。

↑横浜で見かけたイルミネーションで飾られた船。
昨日は、去年の秋に新しくなった羽田空港の国際線ターミナルに初めて行った。
それまでの掘っ立て小屋のような建物(←失礼)から、いきなりコンヴェンション・ホールのような建物になっており、逆に乗客がそんなに来るのか? と心配になった。

↑その国際線ターミナルの建物内部。
昨夜は、第3期となるアニメ「夏目友人帳 参」を視聴した。
物語の脈絡を要約しつつ、主人公の祖母にあたる夏目礼子の優しさと悲しさが、再びクローズアップされていた。
この先、夏目礼子の存在は、重要局面でのキーになるに違いない。
楽しみである。
(付記)
「参」の感じを見ていて思い出すのは、「参りました」と言って人に食べ物を乞い、かわりに家の皿を洗うアヤカシ=妖怪の"すすぎ"である。

↑すでに予約を開始した「夏目友人帳 参」のDVD。
今のような多湿期に、主に雑木林の朽ち木などに現れる真性粘菌(変形
菌)。
原生生物である粘菌が"迷路を最短ルートで進む"ということは、理化学研究所@埼玉県の中垣俊之研究員らによって発表され、広く知られるようになった。
粘菌が、細胞の持つ一種の"リズム体"によって情報処理をおこなうことを解き明かした画期的な研究だった。
その中垣さんの所属するチーム名は「局所時空間機能研究チーム」というらしい。
実に興味をそそられるチーム名だと思う。

↑真性粘菌のlife cycle。
昨日は、映画『劇場版 戦国BASARA-The Last Party-』を観賞した。
今回の劇場版では、石田三成がクローズ・アップされるという前情報だったため、三成ファンの僕としては「あまり悪役になってほしくないなー」と思っていたのだが、単なる悪役ではなく、むしろ底知れぬ忠義を持つキャラとして描かれていた。CVの関智一さんもgood job。
そして"織田信長〜お市の方〜浅井長政"という強力ラインにも再び光があたっていて、とても嬉しかった。
(付記)
映画館にはことのほか女子高生が多く、この作品が若い人たちに受け入れられていることを目の当たりにしたのでした。

↑映画館に飾ってあったキャラクター・パネルのひとつ、奥州筆頭=伊達政宗のphoto。
その昔、合戦などに破れて離島や山奥などの遠隔地に隠れるように移り住んだ者を落人(おちうど、おちゅうど)と言う。
源平の合戦に破れた平家の落人が隠れ住んだという、いわゆる"落人伝説"が伝わる場所は、東北地方から沖縄まで日本各地にある。
山村の神秘性を保持する意味でも、こうした伝説は残っていた方がいいと、僕は思うのである。

↑小さな集落のphoto。
僕はseasideで撮った写真がけっこう好きなのだが、3/11以降はそうした写真をアップすることにためらう自分がいる。
今日も仕事で港の近くまで行ったのだが、碇泊中の船を含む海の写真は撮らないでいた。
なので、替わりに石でできた船の画のphotoを。

石画の船。
天文学者のガリレオ・ガリレイはある日、教会の天井から吊られているランプの揺れるさまを見ていた。
そして、ランプが大きく揺れても小さく揺れても、一往復にかかる時間は同じ、ということに気づく。
つまり、振り子の周期(一往復にかかる時間)は、この場合、ランプを吊っている鎖の長さのみで決まり、振幅(揺れる幅)とは無関係なのである。
これを"振り子の等時性"という〜ちなみに僕は、高校の物理の授業で習った。
そしてのちに、オランダの数学者:ホイヘンスが「振り子時計」を発明。17世紀半ばの当時としては、非常に精巧なものだった。
正確に刻まれる"時"は、僕らをきちんと"規定"するが、それはすなわち"縛り"でもあるのだ。

柱時計のphoto。最近では、あまり見かけなくなりましたね。よくゼンマイを捲いたものでした。
日本の古代遺跡からもしばしば発見される土鈴(どれい)は、粘土を焼いて作られた鈴のこと。
金属製の鈴に較べて、時にくぐもった、素朴で暖かいサウンドを聞かせてくれる。
"長いこと聞かれて来た音"として、サウンド・マニアならば、ぜひ耳にしておきたいものなのである。

↑勾玉(まがたま)の土鈴photo。
国の特別天然記念物であり、現在、絶滅危惧種に指定されているイリオモテヤマネコ(西表山猫)は、沖縄県地方・西表島に生息する固有種の動物である。
このヤマネコは、ネズミやトカゲの他に鳥や魚をも食べることで知られているが、魚を捕らえる際に水に潜る映像には、ネコとは思えない野生動物の俊敏さが強く残っていた。
かつて石垣島まで行った時、西表島に渡らなかったことが悔やまれる。
もちろん、渡ったとしてもイリオモテヤマネコに会える確率は、非常に低いのであるが……。

↑国立科学博物館@上野にあるイリオモテヤマネコの剥製。
Android OSの歴代コードネームには、Cからのアルファベット順で始まる名前が付けられている。
命名の基本は"スウィーツ"だと思われる。
ヴァージョン1.5はCup Cake、2.0/2.1はEclairというように…。
僕はDonut(1.6)とFrozen Yogurt(2.2)を使用しているが、どちらにも愛着がある。
名前のせいだと思う。

↑ドロイドくんの壁紙photo。
被災者が震災直後にもっとも接したメディアはラジオだった、という話を聞いた。
被災後も、地元のコミュニティFMなどは"本日そこで何があるか"を伝えるメディアとして、活躍している。
これを機に、ラジオが"災害に強いメディア"として認知されることを願う。

↑PCあるいはスマートフォンでラジオが聴ける"radiko"のトップ画面。
鉛筆で原稿を書かなくなって久しいゆえ、当然のこと消しゴムもかなり長いこと使っていないが、今日はなんだか、消しゴムを使いたくなった。
何行分もの文章を消しゴムで消している間、執筆者としてはけっこう悔しい思いで消しているわけで、その悔しさが、文章を消している間に増幅され、あるいは変容し、何か別の"文章の運び"が閃いたりするのである。
やはり、悔しさは重要である。

↑まとめ買いしていた消しゴムのphoto。
カムチャツカ半島@ロシアのベズイミアニ山が噴火したというニュースを受け取ったのは、東日本大震災からおよそ1ヶ月経った4月14日。
噴火も地震も、地球内部のエネルギー運動に関わり合う現象だ。
映画『2012』にもあったが、地球の内核に今、目を向けなければいけないのかもしれない。

↑映画『2012』のDVDパッケージ。
今年のNHK大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」の視聴率が伸び悩んでいると、聞いた。
確かに織田信長もその妹の市(いち)も死に、これからは豊臣秀吉の全国統一の過程をとらえる話ゆえ、よほどの新鮮味が演技や演出にないとむずかしいかもしれない。
だが"お市の方"を演じた鈴木保奈美さんのナレーションを聴くために、僕は視聴している。
そもそも、今年の大河ドラマの発端となる人物は、お市の方だからだ。
お市がナレーションをしていけば、物語の土台が揺らぐことはないように思う。

↑復元された安土城の天守閣。
この頃、粘るリズム隊=ベース&ドラムスを持っている音楽を聴きたくなる自分がいる。
粘っているという感覚は、"リズムの揺れ"がベース&ドラムス間で絶妙に同期していることから生まれる。
もちろん、そのリズム隊に乗るギター&ヴォーカルも"差異を伴って"同期しているのである。
差異を伴っては同期することにならない、と考えると、バンド・サウンドの魔法に迫ることはできない。
僕にとって、バンド・サウンドは"物理的"であると同時に"哲学的"なのである。
"きづかい"という名詞の場合の表記は"気遣い"だが、"きをつかう"と動詞になると、"気を遣う"でも"気を使う"でもどちらの表記もあり、となる。
相手を思いやる場合は"遣う"で、相手の反応に過敏になる場合は"使う"なのだろう。
してみると"つかう"でも、二つのほぼ正反対の性質=側面があることになる。
しかし、物事というものは、えてしてそうしたものなのである。
一度撮った写真を加工するのではなしに、撮るときから何らかの加工をするアプリがあり、その偶然性に賭けて使ってみると、けっこう面白いことがわかった。

↑出張先で撮った草木の加工写真。
英語のTethering=テザリングとは"つなぎ止める"という意味である。
一方でIT用語では、モバイル機器を外部モデムとして用いて、PCや携帯端末、携帯ゲーム機などを携帯電話回線を通じて、インターネットに常時接続させること、もしくはその機能のことだ。
これを構築させると、一度に何台もの端末を操作できるため、複数の調べものや並列している原稿に向かうのに効率がいい。
ここ数日で、構築させるつもりである。
熱帯や亜熱帯エリアで、コケ類&シダ類が多く育つ湿潤な樹林は"雲霧林(うんむりん)"と呼ばれるが、僕はなによりその"字面"にモイスチュアな気持ちよさを感じる。
いつか行ってみたい。
江戸時代に活躍した絵師・画家である尾形光琳(おがたこうりん)は、屏風絵などの言わば大画面の中に大胆な構図と優美な描写を持ち込んだ。
その世界・様式は狩野派と一線を画し、"琳派"の発展を促したことで知られる。
「久しぶりに観てみたいな」と、今日原稿を書きながら思った。

↑尾形光琳の作品『紅白梅図屏風』。
一般相対性理論では、真空の中を進む光りのスピードは一定だとするが、物質の中を通る時の光りのスピードは遅くなる場合がある。
例えば"水"という物質の中を進む際の光りのスピードは、真空の中を進むスピードに較べて"25%減"となる。
一方で、電荷を帯びた粒子が物質の中を通る時、物質中の光りのスピードを越えて、速くなるケースがある。その場合、可視領域に青白い光が表れる。それこそが"チェレンコフ光"だ。
原子炉で見ることのできる美しい光だが、と同時に、大変恐ろしい光りでもある。

↑チェレンコフ光のphoto。
"全交流電源喪失"を意味するStation black outとは、原子力発電所において、非常用のバックアップ電源すらも失った冷却不能状態を指す。
非常に低い確率でしか起こらないが、それでも、起こる可能性はゼロではない。
"ゼロではない"というところをどのように掬い取るかが、リスク・マネジメントの肝であろう。
「災害や事故が起こった時、真っ先に支援に駆けつけてくれたのは日本だった」と、フランスのサルコジ大統領は記者会見で言った。
とはいえ、災害時に一国の首相自らが訪日するとは、極めて異例のことだろう。
ましてや、多くの国々が大使館を通じて自国民に「できれば日本からの退去を」と通告している今、サルコジ大統領は切れ味鋭いことをやる人だと思う。
フランスには"原子力庁"というものがあるし、思惑はいろいろとあるのだろうが、日本としては原発事故を“収束させる"ということが急務なのであるから、フランスの持つリスク・マネジメントと技術をお借りする価値は充分にあるだろう。
サルコジ大統領、merci beaucoup(ありがとうございます)。

↑演説するサルコジ大統領。
スピッツの草野マサムネさんが「急性ストレス障害」となり、全国ツアーの4公演の開催が見送られたが、急性ストレス障害の主たる原因となるのは、トラウマ(心的外傷)である。
おそらくは、大震災によって引き起こされた数々の衝撃的な事象が映像を含む情報になって届けられた時、トラウマ的なるものになったと考えられる。
トラウマほど強いものにはならないにしても、大震災関係の事象を情報として毎日受け取っていると、気づかぬうちに気分が滅入ってくるという人は、少なくないはずだ。
そこには"情動伝染(affect contagion)"というものが、作用している。
情動とは、感情の中でも急速に引き起こされ、その過程が一時的で急激なものを指す。つまり、視覚や聴覚から入った情報が、そこに表れているのはどのような感情なのかを、受け手=僕らが細かく認知処理できずに、かつ、その情報の表した感情が半ば生理的反応として受け手の中に起こるのが、情動伝染である。
情動伝染には、いわゆる"痛み分け"となるような表現や情報が必要なのだが、今回はそれを探すのが、なかなかにむずかしい。
しかし、むずかしいながらも探すという行為の中に、光明があるのかもしれないと思う。

↑スピッツのアルバム『とげまる』のジャケット。草野さんの回復を祈っています。
山形県の米沢地方で受け継がれてきた笹野一刀彫で作られた信仰玩具、あるいは伝統工芸品が"お鷹ぽっぽ"だ。
"ぽっぽ"とはアイヌ語で玩具の意味だとされる。
気品と可愛らしさが同居したこの工芸品が、僕はけっこう好きである。

↑大きな"お鷹ぽっぽ"のphoto。
SPEEDI〜System for Prediction of Environmental Emergency Dose Informationとは、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークのこと。
このシステム構築には20年もの歳月がかかっていると聞いたことがある。
多大な尽力によってでき上がったシステムなのに、枝野官房長官からSPEEDIの名前とデータが出たのは、地震から13日も経った3月24日だった。
放射性物質の飛散・拡散に関して、同心円状のグラフは一定以上の意味がないことは、1986年のチェルノブイリ@旧ソ連の原子力発電所事故の"あと"を見れば明らかである。
四半世紀前、僕らはチェルノブイリ原発事故から多くのことを学び〜その多くは"疑問"に終始したが〜、科学者たちはSPEEDIの構築に着手したのに、自国の事故には迅速に対応しきれていない。
原子番号94の元素"Pu(プルトニウム)"は、自然界には存在しない元素である。
プルトニウム239の半減期は2万4千年であるから、ほとんど半永久的に崩壊しないと言っていい。
そして大量の水とプルトニウムを用いる原子炉は発電に使われ、僕らはその電力を使っている。
そうした現実を、再度きちんと受け止める時期に来ていると思う。

↑Puの生成過程。
地震で倒壊した家屋や、土砂に埋もれた人々を素早く見つけ出す犬が、災害救助犬である。
今回の大震災で、自衛隊の方々が、ボーダーコリーを連れて人命救助にあたっている映像を見た。
牧羊犬として犬種が確立したボーダーコリーは、とても忍耐強い性格を持っている。
忍耐強く作業にあたる災害救助犬に、僕は少なからず感動しているのである。

↑そのボーダーコリーのphoto。
東北関東大震災で大きな被害を受けたのは、主に太平洋側であるから、東北地方でも、日本海側の県は援助の面でもルート確保の面でも、重要な存在だと思う。
先日、宮城県の隣県である山形県の名物"芋煮"が石巻の避難所にて振る舞われたという。
隣県の人がやってきて、作ってくれたのである。芋煮はおいしいのだが、それ以上に心が温かくなるニュースだった。

↑山形名物"芋煮"のphoto。
福島県の相馬地方に伝わる"相馬野馬追(そうまのまおい)"は、祭りであると同時に神事でもある。
この神事を一度観てみたいと思っており、理由は去年の10月に京都にて"時代祭"を観た際に、相馬の知人から「こちらの野馬追に似てますね」と連絡を受けたからだ。
今、その知人は文字通り"必死の覚悟で"現状と戦っている。
心臓が締め上げられるような現状と…。

↑かつての"相馬野馬追"のポスター。
東北地方の方言で「牛」のことを「べこ」と言うから、「牛乳」は「べこの乳」となる。
福島県の会津(あいづ)地方にある郷土のおもちゃが"赤べこ"であり、赤べこを基にしたマスコットが"あかべぇ"だ。
"赤べこ"も可愛いが"あかべぇ"もかなり可愛いと思う。

↑その"あかべぇ"のphoto。
東日本大震災で特に被害が甚大であった宮城・福島・岩手の3県のことを思うと、胸が痛くなる。
その土地にまつわることで、僕が関心を抱き続けてきたことを示すことが今、被災者の方々と何らかの"気持ちのつながり"を生むことになるなら、そんなに嬉しいことはない。
宮城といえば、伊達政宗公である。
仙台城跡に移された正宗公の銅像は、移される前は仙台駅前にあったから、出張で行くたびに拝観した。
今日も変わらず、正宗公は仙台の街を見つめているはずである。

↑その伊達正宗公の銅像。
先だって、NHKスペシャルの「邪馬台国を掘る」を視聴した。
番組では奈良の"纒向遺跡(まきむくいせき)"と佐賀の"吉野ヶ里遺跡"の、半ば一騎打ちのような構成を取っていたが、そもそも邪馬台国の記述が、なにゆえ三国志の魏志倭人伝(ぎしわじんでん)のみに存在し、古事記・日本書紀に記述がないのかを詳述する方が、推理の面白味が湧くと思った。
遺跡から決定的証拠が出土すればいい…というものではないと思う。

↑纒向遺跡の地図。
持ち運びできる録音機"デンスケ"(SONY社製)は、当初オープンリールで登場したが、'73年に"カセット・デンスケ"が世に出て一気に普及した。結果、デンスケはいわゆる"生録(なまろくファン"を全国的に増やした。
当時、友だちのお兄さん(大学生)が、デンスケを肩から下げて蒸気機関車の走る音や野鳥の声などを録りに行く姿を見て、うらやましく思ったものである。
僕らは"音だけで"さまざまな光景を"想像する"ことができた。

↑カセット・デンスケの全容。重さは2キロくらいありましたが、みんな意気揚々と肩から下げていました。
カステラの原材料は“卵・小麦粉・砂糖”だが、砂糖の代わりに水あめを使うようになってから、“しっとりした”カステラができるようになったと聞く。
今日は一瞬、しっとりしたカステラが食べたくなった。
↑カステラ・ショップ@長崎。
平城京遷都1300年事業の中で考案された
マスコット・キャラクター「せんとくん」は、
いろいろと批判を受けてきたけれども、
昨年からは立派に奈良を広めるキャラに
なっているように思える。
そこには“慣れ”が作用しているのだろうか?

↑せんとくんのphoto。
神社における領域確定、つまり結界の表象が
鳥居(とりい)である。
例えば参道に三つの鳥居があった場合、
一の鳥居から三の鳥居に至るまでに(受動的にせよ)
結界による微動波を感じるはずなのだが、
鈍感な僕は、なかなか感知しない。ダメである(笑)。

↑見上げた鳥居のphoto。
昔、灯火用に使われた鯨油(げいゆ)は、
文字通りクジラから採れた油で、
ナタネ油より安価だったため需要が多かったらしい。
加えて、イワシなどから採る魚油よりは
燃焼時の臭いがきつくなかったらしいが、それでも
“行灯(あんどん)くさい”などという形容もあったと聞く。
燃焼時の鯨油の臭いを嗅いでみたい。

↑photo@京都。もちろん灯籠も今は電気で点灯していますが…。
「多くの人は、自分が生まれた季節が好きになる」
と言われる。
僕も御多分に漏れず、晩秋が好きである。
したがって夏よりも冬に軍配を上げる人間だ。
「枯れ木も山のにぎわい」なる慣用句があるけれども、
僕は枯れ木は“つまらないもの”ではないと思う。

↑冬景色のphoto。
新年なので、琵琶だの笙(しょう)だの鼓(つづみ)だの
といった和楽器の音が聴いてみたくなる。
僕は、特に笙の音色が好きである。

↑琵琶、笙、鼓のセット。
非上場企業であるサントリーホールディングス(株)は、
コーポレート・メッセージとして「水と生きる」を掲げているが、
秀逸なメッセージだと思う。
森羅万象が関連しあう、その媒介としての「水」は、
古今東西多くのキーワードを生んでいると思うからだ。
お正月だからか、少しばかり大仰なことを想起してみた(笑)。

↑綺麗な水のphoto。
細かく刻んだ”たくあん”をマヨネーズであえ、
それをコッペパンにはさんだものが「サラダパン」である。
滋賀県のローカル・フードで、最初食べた時は
「なんじゃ、これは?」 という感じだったが、
何度か食べるうちに「けっこういけるじゃないか!」
と思うようになった。
確かに、たくあんも元を正せば野菜である
→したがって“サラダ”だと。

↑INAZUMA ROCK FES 2010で食べたサラダパンの
パッケージ。早々に売り切れてました。
本日はX'mas Eveであるが、
年末進行の原稿とライヴ視察である。
僕にとっては日常的だが、
違うのは、街の風景といったところか? Merry X'mas!

↑街のイルミネーション。
見慣れたものでも、アングル次第では“見慣れぬもの”
あるいは“新鮮に映るもの”になることがある。
「すべては視点によって決まる」のは、
相対主義の根本である。

↑よく食べている見慣れたもののphoto。
池で飼われている錦鯉の養殖が始まったのは19世紀だと
言われるが、それ以前の回遊式庭園の池には、
色の付いていないいわゆる野ゴイばかりだったのだろうか?
気になるところである。

↑池と錦鯉のphoto。
昨日は、某大学で講義をした。
「評論の消失」や「音楽の言語化」などと板書していたら、
何やら懐かしい気分になった。
パワーポイントも悪くはないが、やはり“黒板に白墨”、
そして“板書の基本は縦書き”は不滅だと思った次第。

↑板書(ばんしょ)あるところに黒板消し=黒板拭きあり。
昨日、久々に使いました。
俳諧連歌を“俳句”として、つまり“発句”を俳句として
独立せしめたのは、明治時代の歌人:正岡子規である。
そして、正岡子規と夏目漱石の交友模様は、
時として子どもじみていて、僕は好きだ。
読者の皆様も、深まる秋に一句、
詠んでみてはいかがでしょうか?

↑柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺(by正岡子規)。
人気アニメ「けいおん!」の舞台となった「桜が丘高校」の
モデル校と言われているのが、
滋賀県犬上郡豊郷町(とよさとちょう)にある
豊郷小学校旧校舎群である。
この旧校舎は、アメリカの建築家:
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏(故人)の設計によるもので、
ヴォーリズさんの設計した建物は現在でも
数多く残っているばかりか、彼は音楽的造詣も深く、
“ハモンド・オルガン”を日本に紹介した人としても知られる。
「けいおん!」の舞台には、音楽的背景もあったのである。

↑ヴォーリズ氏の設計した建物の一つ。
東京・神田にある「山の上ホテル」。
ヴォーリズさんの話題は明日も引っ張ります(笑)。
京都で取材してきたネタがあるもので…。
原稿を書くのは当然のことデスクワークであるから、
身体は動かないわけだが、
意識が滞っては文章の流れが生まれないので、
流れを生むようなphotoを見たりする。
特に音楽評論は、音楽を主体にしているゆえ、
音楽の3大要素「リズム・メロディ・ハーモニー」は、
すべて何らかの流れであることも加味して、
流れのあるものを欲するのである。

↑というわけで、今日ながめていた水流のphoto。
僕は“半島”が好きである。したがって“岬”も当然好きだ。
岬の湾曲した部分を“岬回(みさきみ)”というが、
このワードの音もどこか情緒があっていい。
紅葉が美しい岬などはあるのだろうか?

↑とある岬のphoto。
この時季、キノコを採りに山に出かける人もいるだろうが、
その際、変形菌(粘菌)にも目を向けてほしいなと思う。
変形菌は移動するので、キノコと接触を試み、
覆い尽くしてしまうケースもある。
そんな変形菌の活躍が見られたら、
間違いなくラッキーである(←ホントかよ!?)。

↑雑木林の中の変形菌。
南半球の腐葉土の中などに棲んでいる
有爪(ゆうそう)動物:カギムシは、生きた化石と呼ばれる。
なぜかと言えば、
硬い体皮を持つ昆虫も砕いてしまうカギムシの口が、
カンブリア紀の海に生き“奇妙なエビ”と呼ばれた
アノマノカリスの口によく似ているからである。
カギムシは、粘着質の液体を昆虫めがけて噴射し、
捕獲する。その瞬間を見てみたいと思うのだが、
あいにくと日本にはいない。残念。

↑カギムシのイラスト。
爬虫類のカメレオンは、
体色をいろいろに変えられるわけではなく、
限定的に変える。
種類によっては体色を変えられない種もある。
それより、カメレオンは
左右の目を別々に360度動かせるのに敬服する。
トンボの視野の広さのさらに上を行く生物なのである。

↑カメレオンのphoto。
空そのものを見上げるのも好きだが、
水面に映った空を見るのは、もっと好きだ。
先日、個人的になかなかいいと思えるphotoが撮れたので、
それをアップします。
<告知>
10/10(日)21:00〜オンエアの文化放送「トランジスタ
ラジオ」で、選曲とコメントをしました。
お時間許す方は、ぜひ!

↑水面に映った空のphoto。
僕の周りのスマートフォン・ユーザーは、
7対3くらいの割合でiphoneとxperiaである。
たとえばGLAYのメンバーでも、
TERUさんはiphone使用者で、
HISASHIさんは、xperiaを使っている。
僕が使用しているのは、IS01という機種で、
パンタグラフ式のキーボードが付いているところが
気に入って購入した。
タッチパネル入力もできるが、ほとんどキーボード入力を
してしまうところが“古いタイプの人間”だと思う。

↑IS01を開いたところ。初のandroidマシンには
おおむね満足しています。
東京だと「ただいま線路内に人が立ち入ったため、
この電車はしばらく停車します」とアナウンスメントされ、
僕らは待たされしまうが、
地方に行くと、まずそんなことはない。
列車の本数が少ないこともある一方で、
“線路を隔離しない”ことも一因だと思う。

↑先日見た引き込み線の終点。
いつも月末は入稿時期なので、
籠って原稿を書いているのだけれども、
本日で8月も終わりということで、
とてつもなく暑かった8月の“戸外の感覚”が強く残っている。
まだ残暑は続く見込みらしいが、
早く涼しくなればいいと思いつつ、
8月に手を振りたい。

↑ということで、こんなphotoを。
NHK大河ドラマ『龍馬伝』の上半期のクライマックスは、
間違いなく武市瑞山(半平太)の切腹と、
岡田以蔵の斬首にあった。この2人の処罰は、
言うなれば“志=理想の限界点”だったわけだ。
「理想とは、それほどまでに虚しいものなのか?」
という問いを孕みつつ、精力的に動く坂本龍馬を
僕は観ているわけだが、ここに来て、転換点となる重みある
人物となっているのが、西郷吉之助(隆盛)だと思う。
「風雲急を告げる」とは、つまり、
転換点の出現のことを指すのである。

↑京都で拝観した武市瑞山の寓居跡・碑。
胸が詰まりました。
灯りが周囲に放つ“優しい雰囲気”を撮るのは、
なかなかむずかしい。
ことあるごとに試しているものの、満足のいくものは少ない。
ただ単に“腕”が低すぎるとも言う(苦笑)。
「ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たる」ケースもあるから、
メゲずに試していくつもりである。

↑大阪にてpic。
「自然光が助けてくれている」とも言えますが(笑)。
今からおよそ190年前、1820年代のイギリスが
「恐竜研究」の始まりとされている。
バックランド教授が“メガロサウルス”の研究を発表し、
医師のギデオン・マンテル氏は“イグアノドン”の歯を発見、
古生物学者のメアリー・アニング氏(女性)は、
“プレシオサウルス”の化石を発見した。
この3者が、恐竜研究の草分け的存在である。
一方、恐竜が絶滅したと考えられているのが、
今から6500万年前。
その研究が始まったのが、
たかだか200年(“万”すら付かない)前なのだから、
謎が多くて当たり前と考えるべき。
夏休みの自由研究の対象にしてみたい(笑)。

↑これは“プテラノドン(翼竜)”のフィギュア。
プラットフォームや桟橋は、出会い(再会)や別れが
自然な演出を伴って繰り広げられる場所だろう。
この時季だと、南の島などに行く人も多いだろうから、
そうした光景も多いことだろうと思う。

↑八重山諸島で見た桟橋。
羽衣(はごろも)によって天界から舞い降りた
天女(てんにょ)の物語〜羽衣伝説〜は、
三保の松原@静岡県をはじめとして、千葉県佐倉市や
沖縄県宜野湾市など、日本各地に残っている。
天女を白鳥と解する見方は多いが、
解釈はそれだけではない。
“異形・異能なるもの”は、
昔から人間のイマジネイションの中に眠っているのである。

↑羽衣が掛けられたという柳の木@余呉湖。
病気のため実家にて療養中の知人編集者から、
菜園のフォトが届いた。
世の中は“野菜栽培ブーム”であるが、
流行に左右されずに栽培された野菜の力をもらい受けて、
早くよくなってほしいと思う。

↑見事に実ったトマトのフォト。
イネの苗が生長し、一面に青々としている田んぼを
青田(あおた)というが、実際には、成長中のイネは緑色でも
“青々と”と表すところがおもしろい。
考えてみれば、「おまえはまだ青い!」などと言われるように、
青は“若い”という意味を担っている。
自分としては、年を取って「青い!」とは
めっきり言われなくなったが、
その分、青田がまぶしく感じるのである。

↑先月見かけた青田のphoto。
先日、マンガ家の上條淳士(かみじょうあつし)さんと、
かなり久しぶりに話をする機会を得た。
最後にお会いしてから、10年以上は経過していると思う。
その昔、僕は上條さんと一緒に仕事をしたことがある。
一緒に取材をしたこともあった。
異業種間のとてもクリエイティヴな仕事だった。
締切りの合間を縫って、
上條さんは長い時間付き合ってくれた。
接点を今に活かす話をいろいろとしたのだった。

↑上條淳士の作品「8(エイト)」の第3巻表紙。
変わらずカッコいい絵を描いています。
遠景を曲面に描き、その前に立体的な模型を配して、
実景を見るかのように都市や戦闘場面を表した装置を
“パノラマ”という。
箱庭にも通ずるこの装置を見ると、何やら縮図を見る感じで、
ある程度人生を過ごした者には(笑)、
感慨深さを引き起こすのである。

↑お伊勢参りを表したパノラマ的模型の一部。私的には癒されます。
水滴などの集まりが空中に浮かんだものが「雲」である。
浮雲、いわし雲、積乱雲、彩雲、瑞雲、飛行機雲…など、
雲にもいろいろな名称がついている。
夏によく見る入道雲は、積乱雲の俗称だが、
私的にはこの俗称の方がなじみ深い。
そろそろ見られるかなぁ、
と思ってみたりの今日この頃である。

↑ウエストコースト@USAの雲。ツェッペリン雲ですかね?
“やまびこ”は、
自分から山に向かって「ヤッホー」などと声を出し、
その声が山に反射して遅れて聞こえる現象のこと。
時間差と音速から、自分と山の距離を測ることができる。
この原理を利用して、水中に超音波を出し、
物体までの距離を測る機械が“ソナー”である。
身近なソナーとしては魚群探知器などがあり、
潜水艦に搭載される複雑なものまである。
しかしながら、海洋には“サーモクライン”と呼ばれる、
水温が激変する水中域があり、
そこでの音速は大きく変わるという。
サーモクラインでの音速はどのくらいなのか、
はたまた、そこで仮に音を出した場合、
どんなふうに伝わって聞こえるのか?
とても興味を持っているのである。

↑これは水上の夕景photo。
国歌「君が代」の歌詞に登場する“さざれ石”とは
細かい石、ないしは小石のことだから、
小石が長い年月をかけて巌(いわお)となる描写が
含まれている。
以前、このブログでも触れたチャート=堆積岩のことを
思い出す、個人的には貴重な歌だと思っている。
地質学に結びつく国歌は、まずほとんどないだろう。
もともとは『古今和歌集』に収められた短歌だと聞くが、
作者はどのような思いで、この歌を書いたのだろうか?

↑過去に見た“さざれ石”のphoto。
今日は朝早くから新幹線に乗り、西に向かい、
最後に京都にやってきた。
引き戸を開け放ち、格子を通しての優しい光を
見るとはなしに見ながら、食事をした。
一気に仕事モードが希薄になった(笑)。

↑格子を通しての明かりのphoto。
07年の4月、ノースキャロライナ大学の研究チームが
中生代・白亜紀の恐竜:ティラノサウルスの骨の
アミノ酸配列を分析した結果、
ニワトリが持っている配列にいちばん近かった。
つまり、恐竜はハ虫類よりも鳥類に近しいということになる。
その結果を踏まえてニワトリを見ると、
何やらカッコよく見えてくるから不思議だ。
僕は小学校の時にニワトリを飼っていたことがあるが、
あれは恐竜への憧憬からだったのか?(←違うだろ!)。

↑伊勢神宮の内宮で見た美麗なニワトリ。
もともと、祭祀のための動物だったことがよくわかります。
昨日、5月11日は岐阜県・長良(ながら)川の伝統行事である
鵜飼い(うかい)がスタートした日だった。
毎年、鵜飼い開きは5月11日と決まっているゆえ、
地元の人にとっては、
ひと足早い夏の到来という感覚かもしれない。
鵜はペリカンの仲間で、魚を噛まずに飲み込むことから
魚の外皮を傷つけない。
さらには、鵜の口内で魚に圧力をかけるため、
魚の骨が柔らかくなる効果もあると聞いた。
ぼくらが使う“鵜のみにする”とは、
よく考えもしないで受け取る意味だが、
鵜自身によるリアルな“鵜のみ”には、
なかなか細やかなテクニックが含まれているようだ。
鵜が捕獲した天然の鮎(あゆ)を今年も食べたい
(←オチは食い気かい!)。

↑葛飾北斎の描いた“鵜”。
先日、1995年のナトリウム漏れ事故以来、およそ15年ぶりに
高速増殖炉の「もんじゅ@福井県敦賀市」が運転を再開した
というニュースがあった。現在「もんじゅ」は、
核分裂が連鎖的に起きる“臨界”に達している。
それを受けて、思い出すことをひとつ…。
原子力の元となるウランの核分裂が発見されたのは、
ドイツ・ベルリンの実験室において……
化学者のオットー・ハーン氏と
その助手のフリッツ・シュトラスマン氏が目撃者だった。
実験に使われた“ウラン235”は、陽子92個・中性子
143個という巨大な核を持っている。
それを、ひとつの中性子が2つに分割するとは、
どういうことなのか? ハーンは考えた。
「原子核は、実は“水滴”のようなものではないか?
だとしたら、水滴が割れる条件・要因は何か?」と。
ハーンの実験室でおこった核分裂は、ウラン235に
“減速した中性子”をぶつけるという、
言わば特殊なケースだったが、
核分裂の仕組みを解明することに成功した。
さらに、その仕組みで得られるエネルギーを
アインシュタイン博士の見いだした数式から割り出すと、
相当するエネルギーは2億電子ボルト!にもなった。
核分裂が発見されたのは、1938年の12月。
そして、ドイツ軍のポーランド侵攻によって、
第2次世界大戦の口火が切られたのは、1939年9月。
核分裂の発見がもっと遅かったら、
広島と長崎はどうなっていただろう?
人間は人間に対して、何をしてきたのか?
折りに触れ、検証せねばなるまい。

↑原爆ドーム@広島のphoto。世界文化遺産
(いわゆる“負の遺産”)に登録されています。
原爆が投下される前は、
バウムクーヘンの製造と販売が行われていたそうです。
もちろん、バウムクーヘンはドイツのケーキです。
キツツキ科の鳥である“クマゲラ”を
北海道で最初に見たのは、15年くらい前のこと。
真っ黒い体躯に真っ赤な帽子を被ったようなその姿は、
とてもファッショナブルに見えた。
クマゲラは立ち枯れた木に自ら穴を開けて
巣にするのであるが、聞いた話では、
クマゲラが作った古い巣には、フクロウやエゾモモンガが
棲んでいるという。さぞや暖かく安全な家であるに違いない。
機会があったら、エゾモモンガにinterviewしてみたい(笑)。

↑クマゲラの可愛くファッショナブルな姿。
英語などで使われるアルファベットは
いわゆる表音文字であるから、
例えばaやzの一文字に意味はない。
ところが、ルーン文字と呼ばれる
古代ゲルマン民族が使っていたアルファベットには、
表意文字である漢字のように一文字ずつ意味を持っている。
占星術や錬金術、あるいはそれ系統のゲームなどにも
しばしば出てくるゆえ、知っている人も多いだろう。
世界最古のルーン文字は、北ドイツで出土した
1世紀の宝物=ブローチに彫られたものとされている。
僕の好きな国のひとつであるデンマークの世界遺産である
イェリング墳墓群の石碑には、10世紀あたりのルーン文字
(新フサルク)が刻まれているのだが、近年、それが
劣化摩耗していると聞く。秘かに心配しているのである。

↑ルーン文字と意味の対照表。何かを解読したくなりますよね?
河川や湖、はたまた沼などが多くある地域を
“水郷(すいごう)”と呼ぶ。こうした水郷地帯は、
半ば当然のこととして舟運が発達している。
水路をゆっくりと進む舟(動力は人力)に乗って、
川面の上を行く少し冷たい風を感じたいなと思う。

↑とある水郷地帯で撮った桜のphoto。
陸路を行くのは困難だとしても、
水路をとると容易にアクセスできる場所がある。
電車やバスでなく、船で通勤・通学ができていたらなぁ…
などと思うことはあるけれど、
天候に左右されやすいだろうから、
それもまた“隣りの芝生”なのかも…。

↑このような船で通えたら…やはり酔うでしょうか?(笑)
戦国武将の石田三成に関係した何かを
折りにふれ探しているが、
時に「何なんですか、これは?」と思うものに出くわす。
最近出くわしたのは三成にちなんだ飴で、名前が「出世飴」。
あの時代、大抜擢され重要なポストについたのは、
なにも三成だけではないというのに…。
味は抹茶風味でした。

↑その「出世飴」のパッケージ。
四方をつかさどる天の四神(しじん)のひとつであり、
水の神で姿は亀。つかさどる方角は北であるところの神を
「玄武(げんぶ、げんむ)」という。
四神はすべて好きだが、姿形や性格のようなものが
特に好きなのは、玄武だ。
他の三つは、青龍、白虎、朱雀である。
今、自分がいる場所と四神との関係などを想像することは
大変に楽しい。

↑かつて見た玄武の灯籠。
“○○前線”の代表的なものに
桜前線と梅雨前線があるけれども、時と共に、
そのどちらも確定しづらいものになっているような気がする。
とはいえ、桜が咲くこの時季は、日本でいちばん
“時間差”が待ち遠しい季節なのではなかろうか?
特に、長い冬を耐えた雪の多い地方の人々にとって、
桜の開花は特別なものがあると思う。
今年の冬は、雪が多かった……。

↑ということで、北海道で撮ったphotoを。
海峡や湾などに架かっている橋を見るたびに・渡るたびに
すごいなーと思う。明石海峡大橋など、
速い海流のところに橋を架ける場合には、
“水中ケーソン工法”など高度な技術が必要だと聞くが、
橋脚の土台を築く機械の能力にも頭が下がる。
ジョン・レノン氏の名盤に『Walls&Bridges』という作品が
あるけれども、“隔てるもの”や“渡すもの”を作るのが、
人間なのである。

↑レインボー・ブリッジを海から撮ってみたphoto。
昨日から試験配信がスタートしたサイマルキャスト・ラジオを
聴いてみた。これは在京の民放ラジオ7局と
在阪の民放ラジオ6局の地上波ラジオ放送を、
CMを含めて同時に放送エリア(関東の場合は
東京、神奈川、千葉、埼玉)に配信するサーヴィスだ。
早い話、PCがラジオ受信機となるのである。といっても、
AMとFMの音質の違いはないし、
家電製品その他による雑音も入らない。
僕はPCにヘッドフォンを差して聴いたのだが、何というか、
ラジオ局内に流れている“その時間の放送”であり、
ヴォリュームを上げれば、オンエアをしているスタジオの
調整卓の前にいる感じがした。
“キュー”こそ出さないが、ディレクターになった気分だ(笑)。
試験配信が終了する8月までに
“この方法でラジオを聴くこと”が浸透すればいいなと思う。

↑もはや、こうした受信機でラジオを聴くのは
“好事家”のやることになっていくんでしょうかね?
昨夏、当ブログでも「制作が進んでいるようだ」と記した
映画「シャーロック・ホームズ」。
ロードショウ公開されたので、観てきた(字幕版)。
ロバート・ダウニィJr.氏が扮する今回のホームズ先生は、
言ってみれば“武闘派”にデフォルメされており、
推理に付帯する沈思黙考の雰囲気を大事にする
というよりは、アクション映画としてのテンポ感を
前面に立たせて制作されている。
そして事件は、映画のために作られたオリジナルなもので、
壮大さと茶番がないまぜになっている。
ジュード・ロウ氏扮するジョン・ワトスンは、
大変にクールであり、ホームズ先生は
一貫してワトスンに頼っている印象を受けた。
続編が制作されるようだが、ホームズ=ダウニィJr.像を
定着させるには、続編の方にこそ力を入れるべきだろう。
僕のような“意固地なファン”を納得させるためにも…。
(付記)
今回のトリックを解くには、
化学の知識を蓄えておくとよいと思われます。
時代設定はもちろん、“産業革命時”のイギリスです。
そして、続編に期待がかかるキャラは、
あの「モリアーティ教授」です。

↑映画館の前で見たホームズ=ダウニィJr.のポスター。
健康診断でも使われるX(エックス)線は、
感光素材を黒く変色させる性質を持っている。
したがって、X線を通過させた身体の部分は黒く写り、
X線をさえぎった部分は白く写る。
肺炎や腫瘍などがあった場合、X線はさえぎられるので、
感光素材に白い部分が写るのである。
この電磁波を発見したのは、ドイツ生まれの
ヴィルヘルム・レントゲン氏。発見年は1895年だ。
実験中にたまたま見つかった謎の光線=Xは
「それは、人体を通過する。
つまり“不可視=目に見えない”領域を可視にする」
ということで、大きな話題となった。
“目に見えない”だとか“到達できない”ところは、
人間の欲望の源泉なのであろう。
一方、翌1896年にフランスのアンリ・ベクレル氏は
蛍光の中にX線があることを発見した。その光線は
“放射線=radioactive”と名付けられたのであるが、
その後の放射線の辿った道を考えると、
人間の欲望(それは科学に特化される・されないに
かかわらず)は、まさに清濁併せのんだものと言えるだろう。
(付記)
現在、放射線は“粒子線”と“電磁放射線”に大別されており、
X線は電磁放射線に属しています。

↑御存知“放射線マーク”。
僕のような古いオーディオ・ファンには
“オープン・リール”に見えてしまいます。
12月だったか「米侍」という自動販売機について
当ブログで書いたけれども、
本日「愛の米」なる缶入りコシヒカリに遭遇した。
1合=150グラム入りの缶で、
販売者は“越後農園EN”というところだ。
どこに愛が込められているのか?(笑)、食してみたいと思う。

↑「愛の米」パッケージ。税込み\399でした。
正月の3日からスタートした大河ドラマ『龍馬伝』で
福山雅治さんは、プレーンで熱い坂本龍馬役を演じているが、
土佐弁と格闘しているところも見受けられる。
例えばひとつ前の『天地人』において、
妻夫木聡さん演じるところの直江兼続が
越後弁を話すところなどはほとんどなかったのに対し、
坂本龍馬は土佐弁を話さなければならない。
なぜなら「龍馬と土佐弁は不可分」だからであろう。
桂小五郎はすでに『龍馬伝』に登場したが、
目立った長州弁は話していなかった。つまりは
“土佐弁を話す龍馬の中に彼の本質がある”ということが、
多くの人の中に浸透しているからでもある。
福山さんが、どう土佐弁と格闘しつつ
龍馬像を作っていくのか?見守るつもりである。

↑昨年、福山さんの全オリジナル・アルバムを
REVIEWさせてもらった『別冊カドカワ』の表紙。
福山さん、撮影が終わったら
“北辰一刀流”を教えてつかぁさい(笑)。
自宅に床の間はないが、床の間に飾られる掛け軸は、
季節ごとや行事ごとに掛け替えられるわけで、
その季節感の表現や楽しみ方は素晴らしいなと思ってきた。
掛け軸という一種の美術装飾技法は、
宗教的なものから出発したが、中国の宋代から絵や書を
掛け軸にすることによって、当時の人々が考えた以上に
後世の文化に、さらには中国よりも日本に影響を及ぼした。
それは茶道文化と一体となって、
貴族のみの美術であったものが、茶と掛け軸によって
町民の美術となっていったのである。

↑“雪中南天”の掛け軸。飾りたーい。
だが、床の間はない!(笑)。
新春を迎えて、海に向かってドライヴでもしたいなと
思いつつも、その時間的余裕はなく…。
ちまちまと“海photo”の整理をしていた。
陽光輝く中、冷たい海風にあたりたいなぁ。

↑紀州・和歌山で撮った海のphoto。
今年1年を通じて、ことあるごとに自分の脳内イメージを
拡げてくれた人物は、石田三成(幼名は佐吉)だった。
ゲーム“戦国無双”シリーズ、大河ドラマ「天地人」で
小栗旬さんが演 じた三成、INAZUMA ROCK FESで訪れた
湖東〜湖北の雰囲気、三献の茶から六条河原での
斬首までの歴史など、石田三成を取り巻く物語と風景が、
どこかで、僕の“生きる動力”になってくれた。
今年は“入り口”にすぎない。
2010年も興味はさらに前進するだろう。
三成殿、感謝いたす(笑)。
(付記)
今年も「続・音漬日記」を読んでいただき、
ありがとうございました。
皆様も、どうぞよいお年をお迎え下さい。

↑関ヶ原古戦場にたなびいていた
三成の旗「大一大万大吉」。
音楽業界でチャート(chart)と言えば、週間売上枚数や
ダウンロード数などのランキングのことであるが、
地質学でいうチャート(chert)とは、
石英の微粒からなる緻密で硬い堆積岩のこと。
僕の好きな原生生物である
放散虫やケイ質海綿などの死骸が深海底に堆積してできた、
一種の“生物岩”とも考えられている。堆積スピードは
「1000年に数ミリ」という気の遠くなるような速度だ。
江戸時代には、この堆積岩を砕いて“火打ち石”として
使っていたし、厄払いとしても機能していた。
僕らの厄が原生生物の死骸によって払われるという“循環”。
それが興味深い。
そう言えば、心理学者のカール・ユングの『自伝』にも
“放散虫の夢”が出てくる。僕らと原生生物の距離は
遠いように見えて、案外近いのかもしれない。

↑伊勢・宮忠が販売している“火打ち石セット”。
かなり厄が払えそう…何といっても“伊勢”ですから。
海が青く見える理由の一つに“空の青”が映り込むことが
上げられるけれども、それ以外に“光りの吸収”がある。
太陽光(日本語の分節では“7色”)が海水の中に差し込み
海底などに反射して僕らの目に入るまでに、
赤色系から徐々に水に吸収され、
残った青が目に映るという説が強力だ。
昨日はジャック・ベラン監督作品『オーシャンズ』
の試写に行った。
(劇場公開は2010年1月22日より)。
ガラパゴス諸島から北極海までの海洋が撮影場所となった
映画だが、日本の近海も登場。
島根県沖と佐渡島近くの海中だった。
美しい海中生物の映像、あるいは海そのものの映像は、
僕の想像の域を超えていた反面、
“共生”以外のメッセージ性を
もっと強く打ち出してもいいのに…と思った。
海の好きな方は、ぜひ!

↑以前訪れた佐渡島のphotoを。
先日、戦国武将の直江兼続が須江光頼に宛てた書状が
見つかった。
書状は、天正12年4月13日付けの“密書”であり、
その理由は、書状は1行から数行ごとに裁断され
“こより”状にして送られた(と考えられている)からである。
天正12年は、“本能寺の変”から2年後。「秀吉時代」が
確立する直前であり、まだまだ予断を許さなかったことだろう。
中国の古典に造詣が深く、
名文とされる“直江状”をしたためた兼続の、
今から425年前の密書をぜひとも読んでみたい。

↑購入済み!直江兼続「愛のTシャツ」。
もちろん“上杉領内”で買いました(←重症ですな?)。
ハンセン病を患っていたと伝わる戦国武将の大谷吉継は、
顔を頭巾で隠し戦っていたことで知られる。
賎ケ岳(しずがたけ)の戦いにおける“三振の太刀”は、
つとに名高い。
ある茶会で回し飲みがおこなわれた際、諸将は、
吉継の口を付けた茶碗には(病気の感染を怖れて)
飲むフリしかしなかった。
しかし、残っていた茶を一気に飲み干した武将がいた。
その人こそ、かの石田三成だったのである。
美談として構成されているのだろうが、
一片の真実なくば後世には伝わるまい。
僕はこの話が、とても好きである。

↑石田三成の紋所(=大一大万大吉)と
大谷吉継の紋所(=蝉)。
高速道路のSA一画で、仲良く並んでいました。
トンボは、およそ2万個の単眼が集まった“複眼”により、
その視界は270度に達する。つまり、ほとんど真後ろにしか
死角がないことになる。少し横を向けばいとも簡単に
“バック走”ができそうなものだが、トンボは、後退はしない。
なぜしないのだろう?というようなことを考えはじめると、
原稿が書けないので、今日は考えません。

↑先日見かけたトンボのphoto。
仙台銘菓「萩の月」は、カスタード・クリームを
カステラ生地で包んだ菓子。初めて食べたのは、
’80年代の初め頃だったと思うが、
「ユーミン(松任谷由実さん)が、絶賛しているんですよ」
とレコード会社の人にいただいた。
今では「越後の月〜新潟」や「月でひろった卵〜山口」など、
“萩の月に似たもの”というジャンルに属する御当地菓子は
たくさんあるけれども、
本家本元はなかなか抜けないのでは?と思っている。

↑「萩の月」とチョコレート・クリームを使った「萩の調」。
みうらじゅん氏が名付けた“ゆるキャラ”とは、
ゆるいマスコット・キャラクターの意だが、
その中でも“かねたん”や“みつにゃん”など、
戦国武将のゆるキャラが好きなことは、前にも書いた。
戦国時代、紀伊国(現在の和歌山県)に
雑賀衆(さいかしゅう)という強力な鉄砲集団がおり、
織田信長や豊臣秀吉をおびやかしたことは知られている。
その筆頭人物である雑賀孫市(さいかまごいち)の
ゆるキャラである“まごりん”が存在するという。
調べてみると、本当だった。それも相当、かわいい。
和歌山市に行けば、曜日・時間次第では会えるようなので、
大阪出張の際にでも足を延ばしたいと考えている。

↑“まごりん”のphoto。か、かわいい。
同じく戦国武将〜真田氏の“赤備え”との関連も見て取れます。
和歌が持つ音節のうち、
最初の五七五を上(かみ)の句といい、
続く七七を下(しも)の句というけれども、例えば
上の句を僕が詠み、下の句を誰か他の人が詠むことは
“連歌(れんが)”と呼ばれる。
連歌は、平安時代末期におこり鎌倉時代に流行し、
室町時代に完成を見た。
五七五+七七+五七五…と延々と付け足していき、
百句をもってひとつの作品とする「百韻」もある。
連歌会では、集まった人がめいめいに
句を連ねていくわけだが、長くなればなるほど
パタン化してしまうきらいがある。パタン化せずに
巧く展開させていくところに、知性が現れるわけだ。
戦国武将の中で連歌会をたくさん催した人は、
かの「本能寺の変」を引き起こした明智光秀。
光秀は鉄砲の名手でもあり、茶道にも通じていて、
文武両道の横顔が浮かび上がってくる。
織田信長の横暴さにおいそれと逆上し謀反を起こすような
タイプではなかろう、と僕は踏んでいる。
そもそも連歌は、ひとつ前の句に直対応していると、
すぐさまパタン化するゆえ、二つ前の句やそれまでの流れを
汲みながら緩やかに変化していくサマを楽しむもの。
連歌が好きだった明智光秀を想像しながら、
室町時代末期を脳内に描いてみるというのも、
“秋の一興”ではなかろうか。

↑室町時代の北山文化を代表する建造物、鹿苑寺・金閣。
デジカメでフツーに撮っただけで、絵葉書みたいになりますね。
水戸の偕楽園では小さな坂を下ってきたところに
噴水が造られてあるが、
金沢の兼六園でも、同じような造りで噴水がある。
噴水の大きさは、兼六園の方が大きいけれど、
回遊式庭園のひとつの“文法”なのかな?と思う。
少し、調べてみたい。

↑偕楽園の噴水。華麗なものではないですが、滋味があります。
家紋や神紋、さらには和太鼓などにも配される
伝統的な紋様である“三つ巴(みつどもえ)”が、好きだ。
思想的には、陰陽太極図の勾玉巴=二つ巴に共鳴する
けれども、デザイン的に優れていると思うのは三つ巴の方だ。
琉球王家の家紋や熊野本宮大社の神紋、その他何でも
三つ巴マークを発見すると、素直に感動してしまうのである。

↑以前、京都の観智院で見つけた瓦の三つ巴。
台風が日本列島に近づいている時に、
苔と桜の落ち葉のコラボレーションを見た。
台風が過ぎ去ると、一気に秋が深まるのかな、と思う。

↑そのコラボレーションphoto。
主に市町村合併に伴い、2000年代に入り、
ひらがな表記の街が増えたことは周知の事実。
関東では、さいたま市@埼玉県を初めとして、
茨城県のつくば市やひたちなか市があるし、
東京都には(漢字も混じった表記だが)あきる野市がある。
表記を漢字からひらがなにして、
間違った読みを減らす目的があるのだろうが、
“漢字表記とその読み”が担ってきたその土地の歴史を
伝えないような気がして、個人的には、いただけない。
例えば僕の好きな県のひとつ、
三重県には県北部に“いなべ市”という街がある。
いなべ市は、員弁(いなべ)郡が名前の元になっている。
大元を辿っていくと、豪族であった物部氏の支系と
考えられている猪名部(いなべ)氏が
8世紀頃に居住していたことに由来する。
猪名部が員弁に転じて、別の漢字表記になったのだろうが、
その時に、なぜ「員」と「弁」が選ばれたのか?
理由があるはずだ。
ちなみに猪名部氏は、東大寺や法隆寺、それに石山寺の
建立に携わった名工を多数輩出していると聞く。
よっ、世界遺産関係者!(笑)
そうした土地の歴史・背景が、ひらがな表記になると
雲散霧消してしまうと言うか、
その土地を知るきっかけを奪うような気さえする。
「調べたまえ!」…難しい漢字と読みを持つ土地の人には、
それくらい言ってほしいのである。

↑猪名部神社の闇魔堂と薬師堂のphoto。つまり、
神仏一体の“お宮”であることがわかります。
僕は閉所恐怖症っぽいところがあり、
ホテルやスタジオなど気密性の高い場所でも、
少しでも窓が開くなら間違いなく開けてしまう。
地下にあるスタジオなどがいちばん苦手で、
何かと理由をつけては、地上に出ようとする(笑)。
今どき、「すきま風の入ってくる部屋」など
それほどないでろうが、 今、原稿を書いている部屋も、
窓は細く開けてある(←サッシの意味なし!)。

↑こうした夕景を見ながら原稿を書くというのも、
贅沢でしょうね。というか、見蕩れて、原稿は書けません。
僕らは3次元の世界、平たく言えば「縦・横・高さ」のある
世界に暮らしている。
しかし、本を読んでいる時、1ページの厚みを意識しながら
読む人はあまりいないだろうし、絵画を鑑賞している際に
「このキャンバスの厚みは?」と考えながら観ている人は、
かなり偏った人だろう。
つまり、僕らはある次元の存在を無視することができるのだ。
さて、音楽は1次元のものだろうか?
0次元は何もなく、 2次元は「多角形」であるから、
1次元の「線」の世界に属すると逆算できる。
ちなみに、“時間”も1次元である。
しかし5.1chサラウンドを含め、
臨場感あふれる立体的音像を作ることは可能だ。
仮に、音楽を1次元の表現だとして、
その音楽を3次元的に鳴らすことはできるのである。
してみると、前述の“次元を無視する”のとは逆の行為、
つまり“次元を付加できる”のが、音楽でもあるのだ。
以前“LHC”という素粒子の実験装置のことを書いたが、
“4次元で鳴る音楽”とは、いかなるものだろうか?
大変に興味がある。

↑耳の位置にマイクを付けたダミーヘッドを使って録音する
“バイノーラル録音”というのもありますね。
PhotoはSANYO社製のバイノーラル3wayマイク。
B級グルメの全国大会である「B-1グランプリ」で
2回優勝経験を持つ“富士宮(ふじのみや)やきそば”は、
静岡県富士宮市のご当地グルメである。
コシの強い麺と、仕上げにイワシの削り粉をふりかけるのが
特長で、脂っこいが、時々食べたくなる。
今日は、東名高速道・富士宮SAで、
富士山を観ながら食べようと思ったのだが、
あいにくと、富士山は見えなかった。残念。

↑脂っこいので、2回に分けて食べました。
サウディアラビアの西に位置するイスラム教の聖地:メッカ
(あるいはマッカ)は、ハッジ=巡礼の地として名高いが、
今年は新型インフルエンザの影響で、
巡礼規制に踏み出ている国もあるという。
イランとイラクは、小巡礼が集中する8月下旬から
約1ヶ月間のラマダン(断食月)中の小巡礼を禁止した。
ヒトが医療技術を高めれば高めるほど、
ウィルスも耐性やら繁殖力を高めるわけで、
そうしたある種の“いたちごっこ”が、
巡礼という古くからある場所で顕在化することには、
地球の歴史すら感じてしまう。

↑photoは、マッカのガアバ神殿。
量子力学的なミクロの世界における“重なり合った状態”の
テーゼをしたのは、オーストリアの物理学者:
エルヴィン・シュレディンガー氏だったが、
僕はこの種のテーゼを
実体二元論に反発する哲学の領域から受け取った。
(実体二元論を提唱したのは、かのデカルトである)。
“シュレディンガーの猫”の概念提起の重要な部分は、
猫の入った箱の中の状態は、時系列変化ではなく確率であり、生と死が確率的に混在するというところだ。
そもそも原子のスピンは、上向きと下向きの状態が
重なり合って存在している。だが、人間が複合粒子を
観測しようとすると、上か下のどちらかに“収束・収縮”する。
人間がおこなってきた自然観察は、「生」か「死」か、
どちらかの状態に“おとしめて”しまうものであり、
不可視な“確率50%”の重なり合った状態を
“ないがしろ”にしてきたのではないか?という
テーゼの発展のさせ方も可能だ。
「生と死の両義性」…哲学から受け取ったこのテーゼは、
今もなお、僕の頭を打ちつけている。

↑“シュレディンガーの猫”……では、ありません(笑)。
時空の亀裂(temporal anomalies)を通って
過去に行った場合、 過去に起こった事実を変えてしまうと、
戻ってきた現在に変化が訪れる……というのが、
SFにおける時空間移動の鉄則である。
第2シーズンに突入した、
恐竜SFドラマ「プライミーバル(Primeval)」でも、
その鉄則が適用されていた。
しかし、自分だけが“変化した現在”を知っている場合、
変化する前の“本来の現在”を主張したところで、
(賛同する者はひとりもいないゆえ)正当性はどこにもない。
まるで“異邦人”のようになる…。

↑時空の亀裂は、僕としては、
こんな場所・時間に出現すると思います。
植物が実を付けるサマはどれも可愛らしいけれど、
美しいなと思うのは、葡萄と桃である。
桃は、葉と果実の色の対比が特に気に入っている。
林檎と桃を並列させ栽培している果樹園もあったりする。
林檎が色づいていくサマも目の保養になるが、
桃の果実のフォルムと葉の形、そして色のバランスでは、
桃に軍配を上げてしまうのだ。

↑なっている桃のphoto。絵心をくすぐりますね。
敵が苦しんでいる時に、かえってその苦境を救うことを
“敵に塩を送る”という。
戦国武将の上杉謙信が、
今川氏と北条氏による“塩止め”によって苦しんでいた
(謙信の好敵手)武田信玄に塩を送った、
という逸話から来ていることは、周知の通り。
謙信公の人柄を表すこの行為は、
元を正せば、ある事柄がきっかけだった。
それは…
信玄公の片腕だった高坂弾正(こうさかだんじょう)が、
川中島の合戦のあと敵味方の区別なく、死んだ者たちの
首塚を作ったことに謙信公がいたく感じ入り、
心に残っていたことに端を発するらしい。
単なる美談かもしれないが、今は「単なる美談」がほしい。

↑御存知、上杉方の“毘沙門天”の旗。
意味もなく、テンションが上がります(笑)。
陰陽師の安倍晴明を尊敬しているので、
いつかは束帯(そくたい)、衣冠(いかん)等の祭祀服を
着てみたいなと、思っている。
着るにふさわしい人物かどうかは別にして(笑)、
コスプレ的にでも着てみたい。
年齢から来る顔としては、「そこそこ似合うのでは?」と
自身への穿ったイメージがあるが、服というのは、
着る人の気概だとか内面がすぐさま反映されるゆえ、
「まだ遠い道のりかな?」とも思う(笑)。

↑以前、伊勢神宮の近くで拝見した祭祀服。
お盆からドクロを連想するなど、なんと安直な!と
お嘆きになる読者がいるかもしれない。
だが、ポーランドでは先の大戦で亡くなった方々の人骨が
1200体以上も工事現場から出土したのだから、
何らかの関連性を感じる。
水晶ドクロは、いわゆるオーパーツ
(Out of place artifacts:場違いな工芸加工品)に
属するものであろうが、発見されたのが古代マヤ文明の
遺跡であるところが、実に興味をそそられる。
人類は、なかなか進化しない、とも言える(笑)。

↑水晶ドクロのphoto。
今夏のお盆は、一緒に仕事をしたミュージシャンやスタッフの
御魂を弔う意味でも、何やら特別な感覚がある。
それは「自分もいつ死んでもおかしくない時期に
近づいたんだな」という生命摂理に基づく、
何らかの怖れに近いものではない。
むしろ“生中に生なく死中に生あり”なる感覚に近かった
ロック・ミュージックを、より多角的にとらえられる好機が
到来したという期待も含んだ感覚なのだ。
ゆっくりと、空気を噛むように線香を上げたいと思う。

↑献灯はphotoにて。
終戦記念日の意味も込めまして…。
アマゾンのジャングルを訪れたことはないが、
地球の(増大する)二酸化炭素を吸収してくれている場所は
どんなところだろう? 僕の知っている森林と(植生を含め)
どう違うんだろう? という興味がある。
さらに言えば、生産活動と二酸化炭素の排出は、
本当に不可分なものなのか?
何度でも考えてみる価値はあると思う。

↑多雨は森を育てる第一条件と言われますが…。
鳩にエサをやるのと、鯉にエサをやるのとではどちらが好きか
と問われたら、後者の方が好きだ。
特に夏場は、鯉にエサをやる行為そのものが、涼しげでいい。
蝉しぐれなども聞けたら申し分ないが、
都市部ではなかなかそうもいかない。

↑せめて写真で涼をとりましょう。
怪談が夏とリンクしているのは、
“お盆”があるからだろうと思う。
***
豪商の但馬屋利右衛門は、寺社奉行や権力者を味方にして、
町民がつつましく暮らす長屋を取り壊し、
歓楽街を作って儲けようとした。
余興として、権力者を招いて「百物語の会」を催す。
百話の怪談をひとつひとつ語り終わるたびに、
百本のロウソクをひとつずつ消していくもので、
最後のロウソクが消えた時、妖怪が出る…と言われていた。
そのため、百物語の最終話には、
憑き物を落とす読経をするのが常となっていた。
しかし利右衛門は読経をせず、客に小判を渡し、
そうそうに帰してしまった。
たちまち、怪異は現れた…。
***
これが、「妖怪百物語」のあらすじである。
1968年の3月に公開された
大映制作の特撮映画「妖怪百物語」を観たのは、
小学校3年生になる前の春休みだった。
水木しげる先生の妖怪画を元に、
実写にたえるものが造型された。
今観ても、けっこう怖い。

↑「妖怪百物語」のDVDパッケージ。
カモメ科の鳥であるウミネコは、ネコのような声で鳴く。
ネコの鳴き声よりも、ウミネコのそれの方が好きなのは、
滑空している姿も“込み”だからである。
全国的に日本の海のカモメと言えば、
ユリカモメかウミネコだ。
つまりは、日本の海辺を代表する鳥なのである。

↑夕陽とウミネコ(←判然としない!)。
学生時代には、臨海学校と林間学校という
ふたつの夏季特別授業があったけれども、
僕は圧倒的に“林間”の方が好きだった。
なぜなら林間の方が格段に爽やかであり、
暑い時にわざわざ暑い臨海に行かなくともよいのに…
と思っていたからだ。
しかし、加齢と共に臨海のよさがわかるようになり、
それが高じて、今では「海からすぐ山になる場所」が
好きになった。
今年の後半も海や山に行きたいものである。

↑臨海が好きになった背景には「船が好きになった」
ということもあります。
今やどんな船も好きです。
タライ舟すらも(←乗ったことないだろ!?)。
家庭でも淡水魚の水槽の管理・維持は、
(魚が大きくなければ)それほどむずかしくないが、
海水魚の水槽となると、むずかしくなると思われる。
かつて、海水魚の水槽を維持すべくシミュレーションして、
その装置の複雑さゆえに、断念したことがあるからだ。
暑くなると、水族館に行きたくなる。
巨大な水槽は涼しげでいい。
だが、設計や管理・維持を考えると、
スタッフのご苦労に頭が下がる。

↑沖縄で見かけた水槽。
同世代の友人・知人の多くが、老眼鏡をかけて
いるのを尻目に、僕は近眼ゆえに老眼鏡の
お世話にならずに来たが、
そろそろ「時が来たかな?」と思う。
WHAT’s IN?の小さな字を読む時、
Lupe(ルーペ)がほしくなる(笑)。
本当は、いつもルーペを持ち歩いて、
取材現場で“窓枠の血痕”などを発見してみたい。
(↑それは、探偵の領域だろ!?)。

↑“写真チェック”の際に使用するルーペ。
編集部に必ず一つはあります。
円谷プロダクションが制作したTV番組
『ウルトラセブン』に登場する、
地球を守る組織“ウルトラ警備隊”の
擁する潜航艇がハイドランジャー号だった。
『セブン』がスタートしたのは、
僕が小学校1年の時だったので、わからなかったが、
後にhydrangea=紫陽花(あじさい)だと知った。
海底都市を探査する“紫陽花潜航艇”、
もうそれだけで、青と紫のイメージが
ずっと遠くまで拡がっていくようだった。

↑こちらは、今日見かけた紫陽花。
“ご当地キャラクター”は、特産物や名品、
歴史上の人物と関連付けられて、
生まれる場合が多い。
山形県米沢市がマスコット・キャラとして
作った“かねたん”は、
現在放映中のNHK大河ドラマ「天地人」の
主人公:直江兼継(なおえかねつぐ)が
モチーフになっている。
続・音漬日記でも紹介した滋賀県彦根市の
マスコット・キャラ“ひこにゃん”は
ネコであるのに対し、かねたんは犬。
かねたんは、ひこにゃんのことを
“先輩として尊敬している”と聞く。
さらに、兼継と同じく“義”を重んじた
歴史上の盟友:石田三成(いしだみつなり)を
モチーフにした“いしだみつにゃん”も存在し、
いしだみつにゃんは、すでに、かねたんのいる
米沢市を表敬訪問している。
これは、ヤヴァい!
僕も大至急、米沢に行かねばなるまい。
(↑何でだよ!?)

↑米沢市の直江兼継マスコット・キャラクター
“かねたん”。
本年度アカデミー賞の“作品賞”を含む
最多8部門を受賞した映画『スラムドッグ$ミリオネア』
を観る。
監督は『トレインスポッティング』を手掛けた
ダニー・ボイル氏である。
ムンバイ@インドのスラム街出身で無学の青年
ジャマールは、TV番組「クイズ$ミリオネア」で
最終問題まで辿り着き、一夜にして億万長者になる
チャンスをつかむのだが、不正を疑われてしまう。
ジャマールの半生が、番組の出す問題と
克明にリンクしているところが、説得力を出せる
ポイントだった。
スピーディな演出が、ジャマールの運命を
最速であぶり出していく。
体内時計が遅くなった僕としては、
もう少しスロウな演出もほしかったが、
“運命と自分のとる行動”について、
しばし考えさせられる映画だった。
急速に変化したムンバイという街の姿も
懐かしく観ることができた。

↑『スラムドッグ$ミリオネア』のサントラ盤の
ジャケット。
映画のエンディングは、インド映画的でした。
スズキの仲間の魚であるタカサゴは、
熱帯海域の魚だが、日本では暖流に乗って
本州南部・太平洋側までやってくる。
以前、高知で見かけたことがある。
沖縄地方でタカサゴは“グルクン”と呼ばれ、
沖縄県の“県魚”にもなっている。
昨夜は、職場の変わった知人の激励会があり、
食事場所は、沖縄料理店だった。
そこで食べた“グルクン揚げ”がかなり美味だった。
今でこそ焼き魚としてグルクンを調理することも
あるけれども、琉球料理にもともと“焼き魚”と
いう概念はなかったと言われる。
沖縄ではカマドですべての料理をしていたから
だそうだ。
熱帯海域の魚は総じて美味しくないと断罪される中、
グルクンは別格だなと思った。

↑水揚げ後のグルクン。
死後赤く変色しますが、生きている時の体色は
青みがかっています。
東京の動物園といえば、
まず上野動物園が頭に浮かぶ人が多いだろうが、
東京の郊外に住んでいる人にとっては、
多摩動物公園の方が馴染みがあるのでは?と思う。
1958年5月5日に開園した多摩動物公園は、
昨年50周年を迎えた。
僕とは“同世代”ということになる。
ライオンを間近に見ることができる
“ライオンバス”なるものがあり、
窓枠の外側に鉄柵のついたバスに最初に乗った
幼稚園の時は、かなり興奮した(笑)。
大学の時は「多摩動物公園駅」まで通っており、
駅からの道すがら、
動物園から飛来した(?)クジャクが道端に!
なんてこともあった。
花々が咲くこの季節に
また行きたいなと、思っている。
(付記)
小高い丘を挟んでお隣りの大学で
当時練習をしていたバンドはTHE STREET SLIDERS。
彼らを見てミュージシャンにはならず
マンガ家の道を歩んだのが
「20世紀少年」を描いた浦沢直樹氏なのです。

↑多摩動物公園には天然記念物で絶滅危惧種にも
なっているイヌワシがいます。
飛行速度が大変に速いイヌワシはカッコいいです。
時節柄、送別会が多い。
昨夜も、元WHAT’s IN?の副編集長だった
前ちゃんの送別会があった@代官山。
懐かしい顔にたくさん逢うことができた。
懐かしい顔に逢うと、自分にも確実にたくさんの
時間が流れたのだな、と思う。
前ちゃんの新しい門出を祝して、乾杯した。

↑前ちゃんにいただいた挨拶状の表紙。
UKの演劇的なバンド:ジェスロ・タルの
‘76年発表のアルバムから、ですね?
邦題は「ロックンロールにゃ老(とし)だけど
死ぬにはチョイと若すぎる」でした。
昼間、自然光の下では、さして魅力を見いだせない
ホテルや旅館などの派手だったり、どこかうら寂しい庭も、
夜になり照明が当たると、何やらグッと
活き活きして見える庭があったりするものだ。
「何でも逐一つまびらかにすれば、いいってものでもないな」
と、夜の庭を見ると、そう思う。

↑そんな夜の庭の一例。
インドで、牛は神聖な動物とされているため、
牛が街路にいると、クルマが停まったり、
人がよけて通ったりしている。
そのため、ある程度滞在すると、
だんだんに牛が偉く見えてくる(笑)。
牛のことを調べているうちに、
ウガンダ@アフリカのアンコーレ王国に辿り着いた。
ここには、アンコーレ牛という巨大な角を持つ牛が
人と共に暮らしている。
巨大な角は、土地柄、放熱の役割を果たしているようだ。
一度この目で見てみたいと思った。

↑アンコーレ牛のphoto。
勇壮で、かつ可愛らしくもある。
先日発表されたユネスコの調査結果によれば、
現在、世界で約2500の言語が消滅の危機にあるという。
日本では、方言を含む8言語が危機として
リストアップされ、中でも深刻なのが
「アイヌ語」だとしている。
言語とは“地域”と不可分であり、
さらに言えば一種のモノの見方=価値観だ。
つまり、僕のような標準語しかしゃべれない人間は、
ひとつのモノの見方しか持っていないということに
等しいのである。
そして、多様な言語が無くなっていくことは、
一様なモノの見方が広まっていくことにほかならない。
由々しき事態だと思う。

↑昨年訪れたアイヌのポロトコタン=大きい湖
の集落の風景。
書類やmail、原稿をPCで書く場合、
選ぶフォント(書体)が、明朝体かゴシック体か?
は、人によって別れるところだろう。
もちろんデフォルト=初期設定のままのフォントで
通している人もいるだろうが、
比較的長めの書類や原稿を書く人は、
自分の好きなフォントを選ぶ傾向にある。
僕は、断然“ゴシック体”派だ。
明朝体だと、どうも字が綺麗すぎて、
論旨が即座に読み取れない気がしてしまう。
偏った思い込みだと思うが(笑)。
さて、皆さんはどうであろうか?
![]()
↑好きなのは“中ゴシック”と“Osaka”。
Photoは、中ゴシック体。
東京に住んでいると、
「美しい遠景」になかなかお目にかかれない。
何を言うか、レインボーブリッジからでも、
最新型ビルの高層階からの夜景でも、
いろいろとあるではないか?とおっしゃるムキもあろう。
だが、僕の定義する「美しい遠景」に人工物は介在しない。
したがって“夜景”というものも、ほとんどが人工的だから、
1度見ればこと足りる。
繰り返し見たいとは、思わない。
山の端や海原、湖面や星空などの遠景は、
ずっと変わらないから美しいのである。
ずっと変わらないとは、ある種の絶望に結びつく。
おそらくは、絶望なくして美しさは生まれない、のだと思う。

↑日本海の海原。
中国の思想家:墨子が城を堅固に守り抜いた故事から出た
ワードである墨守(ぼくしゅ)とは、
“かたくなに守る”という意である。
「自説を墨守する」などと使う。
Interviewをしていて“興味深い人物だな”と思う人は、
結果的に自説や持論を墨守することに繋がっても、
その過程で自説や持論をいくつかの角度からとらえて
話すことのできる人、である。
同じことを繰り返し言うのではなく、
同じことを別の表現や形容にできることが素晴らしい。
つまり“柔らかい、かたくなさ”を持った人が、
好きなのだと思う。

↑“柔らかいかたくなさ”のイメージで選んでみた
雪と竹のphoto。
雪は、降ってくる時は軽いですが、積もると重くなる。
竹は、よくしなりますが、節が硬く変形しにくいですから。
思いがけない利益や幸運を望む心を“しゃこうしん”という。
射幸心をくすぐるものとして、
例えば、宝くじやパチンコなどがあるが、
総じてギャンブル性のあるものは、射幸心を煽る。
宝くじに関しては、よく「買わないと当たらない」と言われる。
しかしながら、
買った途端に“宝くじの土俵”に入ることになり、
それは、すなわち確率論の範疇である。
本当に思いがけないことというのは“確率0%”のことであり、
それを狙っている僕は、リアル・ギャンブラーだと思う(笑)。

↑こんな夜景の中にも、“幸せの気流”が流れているかも…。
神社と寺の決定的違いは、仏像という“偶像”があるか否か、
である。
神社には拝むべき〈像〉が、ない。
ただ、風が吹き抜けていくのみである。
僕としては、そちらの方に神がいるような気がするのである。
一方で今日は、節分。
家を追われた鬼は、どこに行くのだろうか?

↑鬼も、風の吹き抜けるところに行くような気がします。
初詣でに行くと神社の境内で甘酒を売っていたりすることからも顕著なように、甘酒は冬の飲み物として定着している。
しかしながら、俳句の世界で、甘酒は“夏の季語”だ。
どうしてなのだろう?と思い、調べてみると、
江戸時代は、甘酒は冷やして
主に夏に飲まれていたそうである。
甘酒が甘いのは、麹菌によって米の澱粉が
ブドウ糖に変化するため。
麹菌が繁殖する際に各種ビタミン類も蓄積され、
さらに米に含まれるたんぱく質がアミノ酸に変化する。
したがって、ブドウ糖+ビタミン類+アミノ酸を含む
総合栄養剤のようになるのだ。
今日は、冬場の“土用の丑の日”。
ウナギを食べるのも悪くないが、ここはひとつ、
甘酒を飲んでみようと思う。

↑こちらは商品名「冷やしておいしい甘酒」。


